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コラム


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 先日、歯科医院から出て家に向かう途中の道でマスクをしていないことに気付いた。診察の際に外してポケットに入れていたことを思い出し、あわてて着けた。私としたことがこんなミスを犯すとは。家のドアに「マスク着用」というイラスト入りのプレートを付け、外出の際には必ずマスクをし、家に戻るまでは決して外さないことを信条にしているほどなのに。

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 明治、大正、昭和時代に書かれた小説や映画では、現在では考えられない差別的な表現がかなりの頻度で出てくる。時には目をそむけたくなるものもある。これらは、当時の世相を表したものとして修正はされることはない。

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 原書で読んでいるために一向に終わりが見えなかったHomo Deus(ユヴァル・ノア・ハラリ著)だが、ようやくもう一息で最後の章というところまでたどりついた。とにかく英語力の乏しさに加えて、世界史の知識の無さが読むスピードの遅さに影響しているのだが、今更どうしようもない。

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 この歳になるとできないことが増えてくる。目立ったところでは、若い時には弾けていたピアノが全く弾けなくなった。数年前に腰を痛めてからは、走ることと飛び跳ねることができなくなった。腸閉塞の手術をした後は、消化の良い食べ物しか食べられなくなった。老眼も進んで文字を読むのがつらくなった。

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 私の大好きなドラマ『相棒』では、主人公とその相棒はいつも「暇か?」と言われている。そして、主人公はいつも「細かいこと」が気になっている。何だか自分のことを言われているみたいである。私が暇なのは事実だし、最近ますます細かいことが気になる。ただ、私の「気になること」は右京さんのそれとはちょっと違うようだが。

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 雨の降る日の散歩が楽しみになっている。その理由は半年前に買ったビニール傘が使えることにある。よくそこら辺に放置されているビニール傘とは違う。透明で、カラフルな模様がついている。初めて使ったとき、周囲の見通しがよいことに驚いた。これなら車はもちろん前からくる自転車も避けることができる。

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 聞いたところによると、最近の若い人たちは、映画やドラマの倍速視聴や(ネタバレを見て)結末を知ってからの視聴が当たり前になっているということだ。その理由として2つの要因が挙げられている。倍速視聴は、限られた時間で多くの動画を見なければならないので時間を無駄にしたくないということである。

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 毎日(ただし雨の時はさぼることもあるが)2時間半のウォーキングを欠かさない。最近は足が速くなったのか結構遠くまで行けるようになった。さらに、同じルートでは飽きるので新ルートの開拓も進めている。

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 年齢のせいもあるのだが、最近本を読むと目が疲れる。慣れない英語の本(SapiensとHomo Deus)を神経を集中させて読んでいるので、そのせいかもしれない。当然、目薬を差す頻度が高まる。気づいたら残りがわずかである。すぐにAmazonのサイトを開いて注文した。

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 毎日欠かさず続けているウォーキングで、週に一度は家から1時間ほど歩いたところにある大型書店に立ち寄る。そこでは、どのような本が出ているのか、どのような内容なのかを確かめるだけであり、興味を持った本はAmazonで買うことにしている。

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 蔓延防止措置が明けた4月上旬、2泊3日の琵琶湖一周の一人旅を決行した。昨年末に予定していたのだが、大雪で列車が動かず断念せざるをえなかった。今回はそれのリベンジ旅行である。東京と米原間の新幹線の往復切符と、京都と彦根のホテルの予約だけして、あとは気の向くままに歩くことにしていた。

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 子供の頃、昭和の年号に25を足すと西暦の年号の下2桁になると教わった。私は昭和23年生まれだから西暦1948年となる。これは社会人になってから、子供が生まれてからも有効だった。しかし、平成になって崩れた。

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 同じブランドの商品を使い続けたり、同じ食品を食べ続けたり、といった一種のこだわりに対して、世の中はポジティブに受け止めているように見える。何かに愛着を感じたり、何かにこだわったりするのは、人間味あふれていていいなと思うのだろう。でも、私自身はそれをしない。安いものがあればすぐにそちらを買うし、新製品が出ればすぐに飛びつく。

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 この数年間、何かにとりつかれるように「家の中の物を捨てていかなければならない」と思い続けていたような気がする。「終活」という言葉が目にちらつき、この歳になったら身の回りの物を整理して必要最小限の物だけ残して始末してしまい、静かに余生を送るのが正しいあり方、と思わされてきたのではないだろうか。

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 週に一度は乗っている電車の車窓からぼんやりと景色を眺めていたら、建物の壁に大きく「ペットの霊園」と書かれているのが見えた。いつも目にしていたはずなのに全く気づかなかった。

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 もしもアラジンのランプが手に入って3つの願いが叶うとしたら、と考えることがある。@120歳まで長生きする A死ぬまで自立して行動できる B死ぬまで脳の働きを維持できる と言うのが現在の私の個人的な3つの願いである。@とAに関しては全く不可能とは言えないと思っている。

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 一人で仕事している私にはなくてはならない助っ人たちがいる。人というより機械といったほうがいいのだろうが、毎日、各々に声をかけながら暮らしているので家族みたいなものである。この2年弱の間に、この家族にも大きな変化があった。2年前には3人(台)だったのに現在はなんと6人(台)もいる。家族=パソコンたちの話をしたい。

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 永井荷風の日記(断腸亭日乗)のエッセンスを集めた「摘録 断腸亭日乗」(上下巻)を読んだ。上巻は大正6年(1917)から昭和11年(1936)まで、下巻は昭和12年(1937)から昭和34年(1959)まで、全体で荷風38歳から79歳の日記である。

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 コロナ渦に突入して2年以上が経った。高齢者のフレイルが問題になる中、私の健康状態はコロナ前よりも良くなっている。明らかに毎日2時間以上の速足ウォーキングのお陰である。夜よく眠れるし、食事も美味しい。私のウォーキングは、5種類のコースを日替わりで歩くというものである。

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 私が仕事や子育ての両立に関する過去の経験を若い人たちに語ることを止めようと思うようになったのは65歳頃からである。それ以前から自分の言葉が伝わっていないと感じることが多くなっていた。それでも聞かれたら答えようとは思っていたが、自分の子供からでさえ聞かれることも無くなっていた。

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 脳の働きの主役はニューロンであるとずっと思ってきた。言い換えれば、ニューロンが分かれば人間の脳の働き方が分かり、それによりAI(人工知能)が人間に近づき、ひょっとすると超えることもできるのではないか、と信じそうになっていた。3年前、グリア細胞の存在を知り、私だけではなく多くの人たちが脳について分かっていなかったのだと気づかされた。

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 一人暮らしで引きこもり状態が続いている。大学の非常勤講師の授業も4月までは無いので、他人との会話の機会はほぼゼロと言ってよい。そのような中、感動したことを声に出して言うと気分もよくなることに気づいた。最近多いのは、朝食の後の「美味しかった、幸せ」と言葉に出すことである。この言葉には多くの意味が込められている。

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 最近、ウォーキングがつらくてたまらない。寒さに加えて風も強く、2時間以上歩くのはかなりの苦行である。だから日向の道ばかり選んで歩いて、せめて太陽の暖かさだけは頂こうとしている。雪の降った後などは、凍った道で滑るのが怖くてかなり緻密に日向ルートを探って歩いている。行く先が決まっているなら、できるだけ安全で快適なルートを選ぶのは当然ではないだろうか。

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 「想定外」と言う言葉が頻繁に聞かれたのは、東日本大震災が起きた直後(約11年前)だろうか。その後、安易にこの言葉を発するのはリスク管理ができていないことを認めるとみなされるようになったからか、あまり聞かれなくなった。しかし、予想をはるかに超える「こんなはずではなかった」と言いたいことはかなり頻繁に起きている。

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 この年末年始は、寒波のために殆ど家に引きこもっていた。実は昨年末に滑り込みで琵琶湖周辺の一人旅を計画していたのだが、案の定、大雪でキャンセルせざるを得なかった。関東も寒波で、いつものウォーキング以外は部屋でテレビを観る日々が続いた。毎日観たい番組を漁っているうちに、自分の好みの番組の傾向が分かってきた。

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 昨年末、郵便ポストに年賀状を入れる口を示す表示が現れてすぐ、束にした年賀状を投函した。例年よりちょっと早めである。理由は明らかである。年々、数が減っている上に、書く(作成する)のが楽になっているからである。

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 私が日替わりで行っているウォーキングのコースにはいくつかの池がある。いずれも、もとは自然の池や沼だったのだろうが、現在は整備されて公園のようになっている。秋になるとカモやオオバンが沢山やってきて賑やかなことこの上ない。そんな中、ある池で素晴らしい出会いがあった。

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 一人暮らしの私には、当然ながら生活習慣について口うるさく注意をする人はいない。つまり自分の食べたいものを自由に食べ、飲みたいものを自由に飲むことが出来る。その結果として、生活が不規則になったり生活習慣病にかかったり、寿命を縮める可能性だってある。

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 国内外の名だたる企業が自分たちの「パーパス」を明確に設定し、それに基づいてビジネスを行っているというニュースがあった。企業のパーパスとは、「社会における企業の存在意義」だそうである。それを決めるにあたっては、社員全員で話し合うとか創業時の理念(初心)に立ち返るとか、様々な取り組みがなされているようである。

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 いよいよ冬に突入した。秋から冬にかけてのウォーキングでは、毎年、池や川にやってくるオオバン探しを楽しみにしている。なぜか、年によって見かける数や場所が違う。もちろんカモに比べれば圧倒的に少ないのだが、びっくりするくらい多い年もあれば、一昨年のように殆ど見かけなかった年もある。

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 先日、テレビで「ソロキャンプ」が紹介されていた。私自身、キャンプの経験は全くない。テントで寝たことも、寝袋に入ったこともない。ましてたった一人で真夜中にテントで寝るなんてとてもできそうにない。でも、ソロキャンプの映像を見てキャンパーたちの話を聞くと、なぜそれに多くの人が惹かれるのかよくわかる。

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 非常勤講師をしている大学では、全て対面授業となった。ただし、同時にZOOMによる配信も行っているので私自身の働き方は変わっていない。教室にいる学生はこれまでの出席者数から考えてかなり少ない。明らかに出席率は落ちた。

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 中学生の頃から家を出ることばかり考えていた。まず東京へ、そして海外へ。現代の子供たちは親と仲が良い、とよく言われているが、当時の私はそんなことはなかった。親に守られている感覚よりも親から様々な規制を受けている感覚が強かった。

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 衆議院議員選挙とハロウィーンが重なった10月末は雨模様だった。朝9時前にいつもの投票所に向かう。驚いたことに、投票所は最近経験したことのない密状態だった。ただし、高齢者が多いことだけはいつも通りだったが。駅に向かって歩く途中で隣の地域の投票所の前を通りかかったら、こちらは道路に長い行列ができていた。

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 かつて母は「70代までは積極的に動けるけれど、80代になると体が思うように動かなくなる」と言っていた。私はそれを信じて、仕事が大きく減る70代は思う存分好きなことをしよう、と期待していた。しかし70代になってみると、60代と比べてアクティブに動こうとする気力がかなり薄れていると感じられる。積極性が減少しているのだ。

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 私は結構新しい物好きなのかもしれない。マイナンバーカードを作ったのは5年前である。ただし、成り行きでそうしたというだけのことであり、欲しくてたまらなかったわけではない。それでも私にとっては便利で、様々な場面で結構役に立っている。

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 私は都内の大学で非常勤講師をしている。全国的に緊急事態宣言が終了した10月になって、これまで全面リモート授業だった私の担当授業(3クラス)がハイブリッド授業に戻った。これは学生の半数が教室で対面授業を受け、同時にZoomでリモート配信して半数の学生が自宅などで受講するというものである。

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 この夏は籠バッグ(ストローバッグ)を使わなかったことに気づいた。ウォーキング以外の外出が少なかったからだろう。最近は籠バッグなど持っている人はあまり見かけないが、私は幼い頃とても憧れていた。

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 以前、知人から共通する知人のことについて「ああいうことがあったから、しばらくはそっとしておいてやろう」。と言われて、はあ、と曖昧な返事をしたことがある。こういうことは私にはよくあることで、「誰かの大変な状況」について当然知っているはず、という前提で話題が出されて困ることは多い。

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 70歳で大学を定年退職し、完全な個人事業主となって3年目である。定年は60歳、65歳と計3回経験したが、前の2回はその後企業や大学に雇用されたので意識が大きく変わることはなかった。でも今回は違う。雇用されることは窮屈だった一方で、組織の一員として守られていたのだということを今更ながら実感している。個人事業主は孤独である。

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 幼い子供たちが交通事故で命を落とすニュースを見聞きすることが多い。胸が痛み、私のような高齢者が代わってあげたほうがよかった、などと思う。最近、長生きするために努力をすることが目的のような生き方をしている自分を省みて、生きるのであればもっと社会に貢献しなければならないのではないか、と考え込むことも多くなった。

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 コロナウイルスはどんどん変異を繰り返し、したたかに強くなっているのに、人間の変化のスピードは驚くほど遅い。むしろ人間は変化を阻止しようという方向に走りがちである。私自身がそうで、できれば昨日と変わらずに自動的に行動ができれば楽だと考えがちである。変化するのにはエネルギーがいるし、ストレスも大きいからである。

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 夏休みは終わった。子供のころから早め早めにスケジュールをこなすタイプだったので、夏休みが終わるギリギリになるまで宿題をしないでいるなどということはなかったと思う。しかし、高齢者になると変わってきた。

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 タイトルを見ると新型コロナの話か、と思われるかもしれないが違う。私自身の日常で起きている個人的なイライラについての話である。そもそも私の一番の楽しみは問題を見つけて解決することである。これまでも、徹底的な減塩で血圧を下げる薬を止めることができた、暴走パソコンのOSをWindowsからLinuxに変えて使えるようにした、など「どや顔」で報告してきた。

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 今年のお盆の時期は、全国的な大雨、洪水、土砂災害とコロナ感染拡大の話題で埋め尽くされた。昨年の8月と比べたら格段に悲惨な状況となっている。東京五輪の高揚感などあっという間に吹き飛んでしまった。

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 東京五輪は何とか無事に終了した。私自身にとっては期待通り、あるいは想定通りであり、特段の感動を覚えることはなかった。無観客で実施ということで、参加アスリートは力を発揮できる場を得られて良かったと思うだけである。ただ、57年前の前回の東京オリンピック当時も、同様にそれほどの感動を覚えた記憶はないのである。

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 午前中の早い時間帯だというのに、もう宅配便が届いた。重い物なので玄関の中に入れてもらった。一昨日ネットで注文したダイニングテーブルである。孫たちが来たときに一緒に食事ができるようなダイニングテーブルが欲しいと、コロナ禍の前からずっと思っていた。自分と子供たちのワクチン接種が完了し、この夏休みに孫たちが来ることを見越して急いで入手することにしたのだ。

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 今年は梅雨明けが早く、7月中から真夏日が続いていている。ただ、昨年の猛暑の経験から暑さ対策のコツを覚えたのか、部屋の温度管理や熱中症対策はかなりうまくいっている。工夫しながらウォーキングも続けている。部屋にこもっても大丈夫なように、本も何冊かAmazonで購入し積んである。

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 いよいよ東京オリンピックの開幕だ。私自身は、オリンピックが無観客で開催されることを半年くらい前から予想していた。ただし、預言者ではないので「予想」と「希望」が混じっていたというのが本当のところである。

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 その日の朝はまとめた段ボールの束を2つゴミステーションに運び、家の中の掃除もすませた。ちょっと頭が重かったがどうということも無かった。でも、いつものウォーキングは疲れを感じて半分で切り上げて帰ることになった。データをまとめる仕事を始めたが、集中力が続かない。気分転換に読書を始めたが、頭に入らない。

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 植物の生長の速さは驚くほどで、常に気を配っていないと庭は雑草だらけになり、樹木は生い茂ってしまう。築44年の我が家の壁はいつの間にかツタで覆われ、屋根まで浸食してくるようになった。これはまずい、と壁の下をよく調べ、ツタの根元を切って回った。太くてノコギリが必要なものもあった。

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 1993年から続けている10年日記は、3冊目の残りが1年半となった。いつの頃からか1週間分をまとめて週末に記入する様になり、日々の記録は卓上日誌の方に記述している。週末にそれまでのことを記入(というか転記)した後、昨年、一昨年の今頃何をしていたかを確認するために読み返すのも楽しい。先週はちょっと違った。夫の7回忌が近づいている。

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 私が非常勤講師をしている大学では、東京オリンピックの始まる前に前期の授業が全て終わる。そのために、4月に入ってすぐに授業が始まり、GWの連休をつぶして授業を続けてきた。お蔭で、7月の中旬には期末試験を終えることができ、あとは成績を付けるだけである。パラリンピックが終わって後期の授業が始まるまでが夏休みである。

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 毎週末、同じ時刻に同じ電車に乗って(不要不急ではない用事のために)都心に向かう。コロナ前から2年以上変わらない習慣である。実はこれによって人出の定点観測ができている。例えば、昨年の1回目の緊急事態宣言の時は本当にガラガラだった。その後、徐々に乗客は増え、席は埋まり、立っている人が目立ちだした。

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 まだ梅雨入りもしていないのに真夏がやってきそうな6月のある日、肌身離さず使い続けている腕時計に違和感を抱くようになった。この時計は8年ほど前に購入した電波ソーラー腕時計である。大きな文字盤と長針と短針でアナログの時計のように時刻を知ることができ、小さな窓から、月日、曜日、時分、秒を切り替えながらデジタル表示で見ることができる。

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 新型コロナ感染収束の決め手がワクチンしかないことはほぼ確実だろう。日本はそれに後れを取ったために、景気の回復が大幅に遅れている。私自身は、かねてより高齢者の優先接種に疑問を感じていた。少なくとも私のような既往症も基礎疾患もない、行動に慎重な高齢者に打つよりも、日本の経済を支えるビジネスパーソン、行動力のある若者(学生たち)を優先した方が感染収束を早めると思っている。だから自分自身の接種は来年になっても致し方ないと腹をくくっていた。しかし、現実は違った。見事に踊らされた。

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 もう1年以上の自粛生活で、楽しみにしているものがどんどん減っている。そんな中で唯一、心待ちにしているものがあった。コロナ前に株式を購入したある会社の株主優待である。私がよく使っているお気に入りのスーパーを運営している会社で、株式を買ったのもこのスーパーを応援するためだった。

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 終活だの断捨離だのという言葉が気になる年齢ではあるが、なかなか家の中のモノを減らすのは難しい。5年くらい前は張り切って片づけをしていたが、最近はその意欲がかなり落ちている。一番の原因は4年前に腰を痛めたことにある。その後、歩くこと、階段の昇り降りなどには支障はなく、速足でのウォーキングも毎日こなしているが、屈むことや物を持ち上げることがつらくなった。

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 新型コロナ対策は、はっきり言ってもう打つ手はなく、最後の砦のワクチン接種に託される状況になっている。高齢者への接種が本格的に始まり、予想通り、予約ができない事態が多発している。私が他人事のようにこう書いているのは、私の地元では5月の下旬から予約開始、6月上旬から接種開始ということでこの混乱がまだ起きていないからである。

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 今年の大型連休は天候が不順だったのも関わらず、連日、観光地に繰り出す人たちの群れが報道されていた。家に閉じこもってばかりでは息が詰まるのでたまには羽を伸ばしたい。マスクをして屋外にいれば大丈夫なはず。外で遊ばせないと子供たちがかわいそう。

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 テレビのCMで最も多く目につくのが、サプリメントや健康食品や化粧品の「お試し価格」「今から30分以内のお電話で」の誘いである。すぐに私はこうつぶやく。「危ない、危ない。だまされないぞ」。もちろん健康や美容に関心はあるが、いずれ定期購入に誘導されて抜けられなくなるのは目に見えている。

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 明け方に不思議な夢を見た。私を含む周辺の人が、若い男性に対して話しかけたり、抱きしめたりしながら必死で何かしている。どうもこの男性はパニックを起こしているらしい。頭を振り、泣いている。自分が誰で何をしなければならないか思い出せないようだ。私の側にいたひとりが、彼をバイクに乗せて周辺を走りながら思い出させようとしている。

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 桜が散り、早くもハナミズキやツツジがあちこちで咲きだした4月上旬、学校の授業が始まった。近くの小学校から、新しいランドセルを背負って胸に花飾りを付けた小さな小学生の一群が、親たちと一緒に帰ってきた。入学式だ。それを見て、私の孫もこんななのかな、とちょっと涙が出た。なぜなら、一年前の第一回目の緊急事態宣言の頃は、孫が4月に入学できないのではないかととても心配していたからである。娘から送られてきた入学式当日の写真を見て、良かった良かったと胸をなでおろした。

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 新型コロナウイルスと東京オリンピックが国内の話題の中心として固まっているが、もう一つ根強いのがジェンダー問題である。こう書いているが、事前にジェンダーの意味をスマホで調べたことを白状しなければならない。ジェンダーについては私が若い頃から問題としてとらえてきたこと同じだったので、ひとまず安心した。

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 私の5つの散歩コースのいずれにも公園や学校などがある。毎日2時間半のウォーキングを続けているが、今年くらい桜を堪能できたことはない。最近はどこの公園にも桜はある。学校は通学路から桜並木になっているところも多い。

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 非常勤講師をしている大学に1年3か月ぶりに行った。4月からハイブリッド型講義(学生の半数が教室で講義を受け、残りの半数がZoomにより遠隔地から同時受講する)を担当するので、機器の接続確認をするためである。

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 72歳にして初めて国民健康保険に加入することになった。70歳までは会社(企業)の保険組合、および大学の共済組合の健康保険加入者だった。その後2年間は共済組合の保険に任意加入していたが遂に期限満了となり、資格喪失証明書が届いたからである。

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 新しいことをしようとするとストレスを感じてしまう。できればやらなくて済む方法はないか、と考えたりする。そんなとき私は「実験だから」と自分に言いきかせる。失敗してもいいじゃないか。実験なんだから。そこから学ぶことは多いはずだ。本当は、うまくいくと思って張り切ってやったら失敗して「実験」を言い訳に使うことばかりなのだが。

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 昨年の今頃は、新型コロナウィルスの感染が拡大し始めていて、目に見えぬ恐怖におびえていた。その時は甥の結婚式に招待されていたのであるが、予定通り行われるのかどうかも心配だった。結局、延期さらには親族だけで行うとのことで、私自身は出席しないことになった。

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 現在の私の最大の関心事は、オリンピックでも女性蔑視でも株価の3万円超えでも総務省官僚の接待でもなく、新型コロナワクチンの接種時期である。かなり前から、副反応の恐れが殆ど無いこと、国民の多くが接種することで集団免疫ができる可能性があることなどを認識していたので、打たないという選択肢はないと考えていた。でも、私などに打つ資格があるのだろうか、という気持ちが拭えないのも事実なのである。

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 このコラムで何度か登場した暴走パソコンのその後である。最初キー入力ができなくなり、外付けキーボードで入力したら暴走し、結局、Office365をアンインストールしてWindowsの機能を極力使わないことで何とかなだめながら使っていたノートパソコンである。しかし、半年間でやったことと言えば年賀状の印刷くらいである。これではまずい。

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 2月5日の日経新聞の記事によると、総務省が発表した2020年の家計調査で、勤労者世帯の貯蓄が前年から大幅に増えたとのことである。その理由は、特別定額給付金で世帯収入が増えた一方で外出自粛などで消費支出が減ったからだと言う。株価は世界中で上がり続け、ビットコインの価格も資産家の購入によって急騰している。

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 ダイニングテーブルを買おうと思い始めて半年以上が過ぎている。欲しいのは、普段は小さくて、孫たちが遊びに来たときには広げられる伸縮テーブルである。ネットで調べたり、様々なカタログを見たり、家具屋さんに行ってみたりして、イメージは固まっているが購入には至っていない。そもそも、最後に孫たちが訪ねてきてから1年が過ぎようとしている。

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 昨年の秋、色はバラバラの30個のチューリップの球根をネットで購入した。3か月間冷蔵庫の野菜室で冬ごもりをさせて、年明けに取り出して水栽培を始めた。あらかじめ100円ショップでプラスチックのコップとそれにピタリとはまるプラスチックのカップを30個ずつ購入しておいた。

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 「四十年かけて、ここまで歩いてきたようなものだから、草臥(くたびれ)れた」。これは、井上靖、司馬遼太郎の対談「西域をゆく」の中で出てきた井上靖の言葉である。井上氏らが1977年に新疆ウイグル自治区を旅し、ホータン(和田)に着いたときに発せられたもので、何と感動的な言葉かと胸を打たれた。様々な事情で訪れることがかなわず、40年にわたって憧れ続けた場所をようやく訪れることができた、という思いが伝わってくる。

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 2回目の緊急事態宣言が出されてすぐの連休中に、毎週の「不要不急ではない」用事で出かける日が来た。行かずに済ませられないかと考えたが、やはり行かざるを得ないとの結論になった。1回目の緊急事態宣言のとき電車の各車両に数人しか乗っていない状況だったので、却って安心かもしれないとの期待もあった。しかし実際は1週間前よりも混んでいた。

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 コロナ禍が始まった頃から、亡き夫が遺した自宅にある古い本を読み漁っていた。その中の一冊が「シルク・ロード」(深田久弥著 1972)である。これが、私の脳内GOTOトラベルのきっかけとなった。実は本書の前半は著者自身が歩いて書いた紀行文ではなく、過去にシルクロードを旅した人々の記録から紙上で構築した脳内の旅なのである。後半は1970年頃までに航空機や鉄道を使って実際に辿った経験を記録した旅行記になっている。この本を最新の世界地図帳を脇において場所を確認あるいは想定しながらじっくりと読んだ。

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 私は7つの散歩コースを持っている。そのうちの一つである県立公園には2つの大きな池がある。2年前の冬、そのうちの一つの池の周りを歩いていると、真っ黒い水鳥の群れが甲高い声を上げてバサバサと飛び立つのに遭遇した。歩く先々で飛び立つ黒い鳥の群れに恐怖さえ覚えた。特徴は前頭部(おでこ)と嘴が白いことである。ネットで調べてみたところ、オオバンという水鳥であることが分かった。3月になるとオオバンは姿を消した。なお、もう一つの池はカモの天国で、オオバンは見当たらなかった。

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 年賀状を出してしまい、餅も用意した。一人で迎える正月にはもう慣れてしまったので、誰にも会わないことへの抵抗はない。いつもと違うのは、密を避けるために初詣を今年中に済ませておくということか。誰にも気兼ねなく静かな正月が迎えられそうである。

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 出身地を聞かれると迷いもなく「東京です」と答えていた。東京のどこですかと聞かれれば、杉並区ですと答えたはずである。なぜなら、出身地は生まれた場所だと信じていたからである。それが揺らぎだしたのは、稀勢の里が横綱になったとき、出身地と出生地、さらには幼い頃住んでいた土地が違うことが話題になった頃である。

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 最近気づいたことなのだが、コロナ禍で世の中全体の気分が落ち込んでいる中、私自身はとても安定しているように感じている。もちろん、好き勝手に過ごしているわけではない。旅行に行かない、家族とは会わない、外食はしない、を守っている。でも、一人暮らしであって誰とも会話しなくとも寂しくもないし、イライラもしないし、ストレスが溜まった感覚もない。毎日の2時間以上のウォーキングで健康だし、ご飯はおいしいし、よく眠れる。

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 ある日、パソコンを起動させようとパスワードを入れ始めたところで机からペンを落とし、動作が止まった。とたんにパスワードが何だったか思い出せなくなった。頭の中で組み立てなおしてゆっくり入力して起動させたが、無意識ならスムーズにできることが意識することで時間を食ってしまうことを改めて認識した。

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 抜けるような青空が続いた11月もいつの間にか終わりに近づき、冬の気配が感じられるようになった。毎日のウォーキングでは色とりどりの落ち葉を掻きわけるように歩いている。紅葉はますます紅く、銀杏も黄色く輝いている。観光地などに行かなくても、住宅地を歩くだけで日本の四季の景色の美しさを実感することができる。

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 非常勤講師をしている大学の来年度の授業の準備にとりかかるべく、資料集めを始めた。見つけたのが「IT人材白書2020」(情報処理推進機構(IPA) 社会基盤センター)である。サブタイトルに「今こそDXを加速せよ」とあるように、今話題のDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現できる技術者、つまり先端IT人材の国内動向を調査した結果をまとめたものである。調査は2019年に行われたものであるのでコロナの影響は反映されていない。ざっと中身を見ているうちに、面白い数字に気づいた。

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 アメリカ大統領選挙で世界中が大騒ぎしている中、私は神経科学の第一人者と言われているアントニオ・ダマシオの著書「進化の意外な順序 感情、意識、創造性と文化の起源」(2019)を読むのに四苦八苦していた。2回繰り返して読んでも正しく理解できているようには思えず、3回目の途中で理解を深めるためにダマシオの「意識と自己」(2003, 2018)も併せて読み始めた。

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 65歳の誕生月に2回目の定年退職をした。その時、複数の人から同じ質問をされた。それは、「これまでで一番幸せだった思い出は何ですか」である。その時の答えは決まって、家族と過ごした夏休み、具体的には、夫と二人の娘が大きな浮き輪で海に浮かんでいてそれを海岸からじっと眺めている自分の姿だった。サザンの曲が流れていた。他にも思い出と言えば、家族と過ごした楽しい日々が連なって出てきたものである。

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 このコラムで何度も書いてきたが、私はかなりの心配性である。何をするにもありとあらゆるトラブルを想定しては心配してしまう。そしてトラブルが起こったときのダメージをできるだけ少なくする準備をする。にもかかわらずトラブルは起きるので、心配の種は増える一方である。

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 近所の100円ショップでプラスチックのトレイとまな板を買ってきた。トレイの長辺の一方を切り落とし、真ん中から2つに切って、まな板をガムテープで張り付けて完成。これは、ノートパソコンのキーボードの上に被せて外付けキーボードを乗せる台である。これで外付けキーボードを使っても場所を取らずに作業できるようになった。

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 涼しくなった9月から約1か月、新しい哲学の潮流を知ろうと新実在論をかじり、時間の非実現性に関する本を読んだりしていた。しかし、10月に入ってから哲学に関する本を書棚の奥のほうに片づけてしまった。理由は、最近の哲学が科学技術とくに物理学と脳神経科学の進歩に大きく影響を受けており、しかも、それに追いついていないことに気づいたことである。

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 安西(アンシー)を出発した私は河を渡り、ゴビ砂漠をラクダに乗って歩いた。草も木も全く無い。砂嵐ではないが、冷たい風が吹く。10日近く何もない砂漠を歩いた。宿に泊まることができない日は野営するしかなかった。やがて草地が見え始め、樹木も現れだした。ついに雪を被った天山山脈が見えてきた。つらさが吹き飛んだ気持ちだ。11日目ハミに到着した。これから天山山脈の南側を通ってカシュガルを目指す。さらにどれほどの日数を要することだろう。予測もつかない厳しいシルクロードの旅はまだまだ続くのだ。

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 「石田さん、前歯欠けていましたっけ?」との突然の声に、台所でつまみ食いを見つかった子供のようにびびってしまった私。「歯医者から周囲の歯4本抜いて入れ歯にしなければならないって言われて嫌だなと思って」。しどろもどろの発言になってしまった。先日行われた毎年恒例の大学の同窓会の一コマである。今年はZoomによるオンライン飲み会になった。久しぶりに声が上げられるとつい大口を開けて近況報告したのがあだになった。

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 私が働き始めた50年前にはおかしな仕事があった。上司が書いた読みにくい手書きの文章を「清書」することである。それをコピー(「青焼き」と呼ばれていた)し、社内便で関係者に配布していた。現在であれば、上司本人がWordで作成しメールで送信するかクラウドにアップロードするだけで終わる。デジタル化のお蔭と喜びたいところだが、人件費と時間が縮小されてコスト削減になっただけでやっていることは同じである。

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 私にとってパソコンは家族、友人、いや命綱みたいなものである。パソコンなしでは仕事はできないし、プライベートでのコミュニケーションも(スマホだけでは)おぼつかない。コロナ禍でますますその傾向が強まっているのに、問題が続出して非常に悩んでいる。

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