世の中には学校で習った程度の知識では理解できないことが多すぎる。例えば家電品は突然おかしな動きをして使えなくなる。我が家にあるものは、殆ど数年前に娘から譲り受けた中古品で2010年前後に生産されたものなので、原因を究明するまでもなく諦めるのが正しいやり方だ。
電子機器、例えばパソコンなどは一旦いろいろ調べ、対策をする。その結果、使えるようになれば、毎日「今日も動いてくれてありがとう」などと話しかけながら使い続けることになる。それも購入して数年経ったものなら、いつでも諦めがつくように様々な準備はする。
究極の「理解を超えるもの」は人間の体だろう。実は、どんなに優秀な医師であっても、どんなに精密な検査機器を使ったとしても、私の体の状況を正しく判断することなどできないと思っている。逆に、むしろ自分自身の感覚の方が正しいのではないかとすら思う。これは、がんの疑いをかけられて結局見つけられなかった20年前の経験と、腸閉塞の手術後歩けなくなったが原因がわからないまま治ってしまった経験からきている。結局のところ、毎朝、今日も生きていられることに感謝し、いざという時の準備をするのみである。
他人に何かを教える立場になった場合は、知らない、諦める、では済まされない。ましてごまかすことは決して行ってはならない。不具合についてはきちんと原因を突き止め、自分でその内容を理解した上で、きちんと説明できなければならない。しかし、言うことは簡単だが実行することはかなり難しい。そんな経験を今まさにしている。
例えば、手軽に入手できるマイコンのRaspberry Pi Pico(ラズパイピコ)にデバイス(例えば極小のディスプレイ)を繋いで文字や図形を表示して動かすプログラムを作ることを教えるとする。実は、デバイスを動かす基本のプログラムモジュールは公開されているので、それをダウンロードして使えばよい。ラズパイピコとデバイスをジャンパワイヤでつなぐ方法やプログラムで動かす方法も、公開された動画で簡単に見られる。つまり、その通り教えれば間違いなくできるはずである。やってみてできれば教える人はホッとするし、教わる人も喜ぶ。大抵はそこで終わりになる。しかし、ここで行ったことは、実は「ひとつの成功事例を試した」だけであることに気づく必要がある。事実、私自身が公開されたプログラムや動画通りにラズパイピコでディスプレイに文字や画像を出力しようとして「入出力エラー」が出て、1か月も悩むことになってしまった。
まずは公開されたプログラムをトレースし、原因究明を図ったが不明だった。可能な「機器同士をつなぐ方法」を試した結果、50%が成功50%が失敗という結果になった。なぜそうなったのか。それだけでは終わらなかった。もう一つのラズパイピコで同じことをしてみたら、100%が失敗(入出力エラー)となり、いよいよ迷宮入りかと落ち込んだ。
結局、(ここでは書かないが)様々な取組みをした結果、100%成功したのだが、それが安全で正しい方法であるという保証はない。理論的に説明できるようにならなければ他人に教えることはできない。ラズパイピコを教材にするのはしばらくお預けである。
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コンサルティングと研修のサービスを提供します。
所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)
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説明できないことは教えられない
2024.10.13