2週間ほど前に、左側の背中から脇、胸にかけて痛むようになった。さらに時期を同じくして、右肩の痛みで腕が上がりにくくなった。76歳にして50肩か?ところが、これらはほんの3日ほどで消えてしまった。もちろん何もしないでいたわけではない。3日目には夜中に痛みで目が覚めてしまい、ダメもとで筋肉痛の薬を塗りたくって蒲団にはいったところ、朝になったら嘘のように痛みが消えていたのだ。単なる筋肉痛か、とその時は思った。
その数日後、テレビの健康番組で、寒暖差の激しいときに起きる「ギックリ背中」という症状が紹介されていた。筋肉が急激に緊張することによる炎症のようである。確かに、私の痛みがあった頃はかなり寒暖差が激しかった。その影響で起きたことかもしれない。何だかほっとした。こんな風に、自分で調べるまでもなく様々な医療・健康情報が飛び込んで来るようになっている。知識を得たからと言って痛みが消えるわけではないが、私のように都合よく情報を解釈する(楽天的な)人間にとっては、心の安定を得られる要素である。
私ははっきり言って医者嫌いである。何かしらの症状や不具合があっても我満してしまう。若いときはそれで何度も失敗している。早めに病院に行ってきちんと治療すればこんなことにはならなかっただろう、と今でも後悔することはある。だから、ここから先は若い人にはやってほしくないことである。
医者嫌いの理由は「怖いから」に他ならない。後期高齢者になった2年前から、それでいいと思うようになった。どうにも耐えられなくなったときを除いて、日常生活に不都合がない限り病院には行かないと決めた。現在は、歯科の定期健診しか受けていない。薬もサプリも一切飲んでいない。様々な健康情報が入ってきても「勉強になった」くらいにとどめている。その代わり、得た知識、情報を自分で判断して行動することには努めている。それは脳の活性化のためである。情報を精査して判断する。間違ったら、それはその時のことだ。
病院に行けば検査するだろう。高齢なので何かしらの悪い数値が出るはずだ。すると薬が処方される。やがて種類も数も増えて薬漬けになるはずだ。10年前に亡くなった夫がそうだった。心配事が増えていく。いろいろなことを我慢するようになる。数値が下(上)がって正常値に近づくことだけが人生の目標になる。こんな人生、楽しいだろうか。
私が最も恐れるのは脳の働きが悪くなることである。それを防ぐためには、わくわくすることを見つけて行動するしかない。好きなことをする、食べたいものを食べる、行きたいところに行く。それができないと自分で判断した時には病院に行って治療してもらうしかない。筋肉痛の薬で治るくらいなら行かない。それは自分で判断する。その結果生じたことは自己責任だと腹をくくろう。
私は楽天的な性格なのかもしれない。技術の進歩を信じ、期待している。いずれ、AIの力で様々な生活の支援が高度になるはずだ。医療の進歩も加速し、新しい治療法ができるはずだ。今の常識は10年先の非常識ということが当たり前になっているかもしれない。だから、それを信じて今やりたいことを楽しむ。これこそ高齢者の特権だ。
自分の信念に従って行動する「高い志を持つ、市場価値の高い技術者」を育成します。
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コンサルティングと研修のサービスを提供します。
所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)

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知識を得ても痛みは消えないが
2025.3.23