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終活は元気な時に始める一大プロジェクト


2025.8.17


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 この夏、77歳の誕生日を迎えた。80歳前後には大きな壁があるような気がしている。上司、友人などが次々と亡くなっているからである。私は大丈夫などと言ってはいられない。いつ何があるかわからない。今年が最後のチャンスかもしれない。80歳までの3年間で終活をしてしまおう。でも、いざ始めるとなると何からどう手を付けたらよいのか悩む。

 昨年の夏は、ちょっと腰をひねっただけで歩けなくなる、散歩中にめまいを起こす、足がつって歩けなくなる、などのトラブルが相次いだ。幸い、今年はこの暑さにもめげず元気である。6月から始めた「暑熱順化」が功を奏しているのかもしれない。そのお陰で、終活への取り組みをする意欲も湧いてきた。その中でも、ずっと目をつぶってきた、家の中にあるモノの処分に遂に乗り出すことにした。

 意欲だけでは済まない大きな問題がある。誰も手伝ってくれないことである。しかも、私は車の運転ができない。体力は小学生より劣る。2階から1階にモノを移動させるだけでギックリ腰になりそうである。こんな後期高齢者のお婆さんがどうやって、50年近く溜まった思い出の品(ゴミとも言える)を処理したらよいのか。でも、やらなければならない。これは、一人で行う一大プロジェクトなのだ。怪しくなってきた脳の働きをフル回転させて、80歳までに完了するための3年間の計画を立てることから始めた。

 思い出の品ではなく「ゴミ」と考えることで、最終的には回収業者に処理してもらうこととした。その量をできるだけ抑えるために、その前の段階として、自治体の資源回収の仕組みを最大限利用する。いつもここでめげてしまう。家からごみ集積場まで運ぶのがきつい。時間をかけて少しずつ行うしかない。できれば、大量の本を買い取ってもらう。お金にならなくても、業者に来てもらって引き取ってもらえれば体力を使わずに済む。家具と家電品はすべて処分する。何と、古いパソコンがさらに6台、壊れたプリンタが3台も出てきた。先日、5台のパソコンを処分したときに色々調べたので、処分の仕方についてはある程度の知識は得られている。それにしても面倒である。

 さて、まだあった。10年近く前に、叔父が「庭の大木をいかに切って始末するかが終活の中でも大きな問題だ」と言っていたことを思い出した。我が家の狭い庭には、40数年前に子供が投げたビワの種から大きく成長したビワの木がある。また、玄関先には亡夫が買った梅の木もある。正直なところやっかいものである。昨年も、ビワの実がお隣さんの家の雨どいに落ちて水が流れなくなる、梅の枝が外に張り出して車が通りづらい、などのクレームを頂き、植木屋さんに切ってもらった。費用は掛かるし私の手には負えない。思い切って伐採、いや、抜根までしようか。方法や費用を調査している。

 こうして、頭の中で作り上げて行きつつある終活の計画をExcelシートに書き込んでいると、何だか実現しそうな気がしてきた。これが終わった後20年生きるとしたら、どんな生活をしようか。実は、様々な妄想が沸いている。たった一度の人生なのだ。最後くらいは好き勝手にさせてもらおう。それで一大プロジェクトは完結だ。

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