猛暑のせいなのか、ひょっとしたら年齢のせいなのか。最近、行動を起こすまでに時間がかかる。腰が鉛のように重くて、足を踏み出すのがつらい。動かなくて済む理由を必死で考えている。熱中症になったらどうするのか、周りに迷惑をかけるぞ。今日でなくてもよいのではないか、明日は涼しくなるかもしれないし。動かなくてよい理由は星の数ほど絞り出すことができる。しかし、たった一歩玄関から踏み出すと、なぜか自然と足が動き出す。
実は、多くの場合、最初の一歩さえ踏み出せば後は意外にスムーズに事が進んでいく。その最大の理由は、このまま進むより戻る方が面倒だということである。電車に乗った時などがまさにそうだ。このまま流れに身を任せて乗って行った方が楽に決まっている。となれば、肝心なのは最初の一歩をいかにして踏み出すかである。そんな訳で、あれこれ工夫しながら最初の一歩を作り出す努力をしている。
仕事の予定、登録しているボランティアの予定、などがあれば、嫌でも動かざるを得ない。強制的に予定を作る努力は最も有効だ。やっかいなのは、自分の健康のために行うウォーキングを行う第一歩を踏み出すことである。すぐに思いつく効果的な方法は、歩くことに目的を持たせることである。例えば、いつもとは違うコースを通る、あるいは新しいルートを開拓する。建築中の建物はどこまでできただろうか、売り出し中の住宅が売れただろうか、などを確認する。帰りにスーパーで必要なものを買う。それだけでも大分違う。
実は、もっとやっかいなのが家の中の仕事をやり始めることかもしれない。その代表が「家の片付け」である。明日やろう、来月やろう、来年でもいいか、もう面倒なので、私が死んだ後に子供らに何とかしてもらおう、と逃げ回っているうちに月日は流れ、自分の体力はどんどん落ちて行く。80歳が視野に入って来た今、「もう限界かもしれない」と考えるようになった。でも、ウォーキングなどとは違って、家の片づけは余りに煩雑であり、体力を要する。そうは言っても、最初の一歩を踏み出せば、ひょっとしたら自然に前に進んでいけるかもしれない。そのためには、まずは目的が明確でなければならない。
家を片付けることの目的を、私が死んだ後に子供たちに迷惑をかけない、と設定することは可能である。でも、これがエンジンにはなり難いのは、(夫が亡くなってからの)10年間手が付けられなかった事実から明らかだ。何かをするためにはその先の「夢」が欲しい。幸せな生活のイメージが欲しい。ここではたと気づく。後期高齢者の私にとっての「将来の幸せな生活」とは一体何なのだろうか。ただ、何年続くか予測できない「将来」が長かろうが短かろうが、それに託したいものを想像するときに「夢」は外せない。というわけで、家の片づけの先に私はある大きな「夢」を描くことにした。夢が叶わないことがあるのは承知の上だ。でも、最後まで夢を追い続けるのは楽しいではないか。それが妄想であっても。
夢を描くようになって、なんだか生活に色がついてきた。嫌な片づけの第一歩が踏み出せそうである。一歩踏み出せば、きっと先に進める。そして、夢に手が届く可能性が大きくなる。長生きしたいという気持ちも強くなる。良いことづくめではないか。
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コンサルティングと研修のサービスを提供します。
所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)

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夢があるから動き出せる
2025.8.24