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スマホを落とさないでね


2018.08.05


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 電車に乗っていてドッキリすることがある。バタンという音である。大抵は雨の日で、傘を倒す音である。ドサッという音もある。誰かの荷物が網棚から落ちたのだろうか。でも最も多いのは、カタンという大きくはないが小さくもない物が落ちる音である。間違いなくスマートフォンを落としした音である。

 私は最初にiPhoneが出たときからスマホを使っているが、自慢ではないが落としたことは無い(と思う)。特別なカバーをかけているわけではなく、100円ショップで購入した合成樹脂のものである。現在のスマホはiPhone SEで、私の小さな手によくなじみ滑り落ちることがない。それにしても、老いも若きもどうしてスマホをよく落とすのだろうか。

 ここでふと考えた。現代人は昔の人と比べてよく物を落とすのだろうか。昔の人と言ってもあまりに時代が離れていては比較にならないので、昭和の時代の人としよう。彼らは物を落とさなかったのだろうか。もしも、現代人が昭和の時代の人よりも物をよく落とすとしたら、それは物を持ちすぎているからではないか。確かに、昭和の時代に電話機を持ち歩いている人はいなかった。数十年前には電話のない家の方が多かった。

 そういえば、昭和の時代は遠足でもないのに水筒をもち歩く人などいなかった。私の祖母は生きていれば120歳を超えているが、旅に出るときは近所の酒屋でアルミの水筒に日本酒を入れてもらい、持ち歩いていた。まあ、遠足なのだからいいだろう。今は老いも若きも、男性も女性も、通勤、通学にペットボトルを持ち歩いて、ラッパ飲みしている。

 いずれにせよ、現代人が多くの物をもち歩いているのは事実である。それも、かなり小さな物を。小さいからバッグの中に多くの種類入れることができる。確かに、ノートパソコンをもち歩くのは重くていやだが、タブレットなら何とかなるし、スマホならもっと楽である。その分スペースが空くので色々詰め込みたくなる。

 でも、スマホを落とすのはそれだけが理由ではないように思う。若者は電車の中でも歩いていても片手でスマホを操作している。私などは両手でないと使えない。電車で立っているときは手すりに掴まらないとうまくバランスがとれなくなることがあるので、当然スマホなど操作できない。歩きスマホなど危なくてとてもできない。だから落とさないのだ。電車で座ってスマホを見ながら眠ってしまうこともあるが、私の手の中から滑り落ちることはない。何しろ小さいので手にすっぽり収まる。周りを見ると、居眠りしている人の手からよくスマホが滑り落ちる。これは大半のスマホのサイズが手の大きさよりも大きくなっているからではないのか。

 実は別の理由も思いついている。最初に戻るのだが、なぜ傘を倒してしまう人が多いのか。昔の人は傘を倒さなかったのか。結局、問題は音なのである。昔は電車の中があまりにうるさくて、ものが落ちても音が響かなかったのではないか。大人同士の話し声、子供のはしゃぐ声、赤ちゃんの泣き声、などなど。現代は音も臭いもない静かで清潔な車内でひたすらスマホの画面を眺める人の群れがいる。そこで物を落とすとドッキリするわけである。



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