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パソコンの中は他人の家だった


2018.06.17


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 大学で2台、家で2台のパソコンを利用していた。家で使っているデスクトップパソコンが古くて問題が多くなってきたので、それに代わるもう一台の(大型の)ノートパソコンを加えた。大きな画面で見やすい、指紋認証の精度が良いなどは歓迎できるのだが、使っていてイライラする点も多い。その癖を早く捉えてうまくつきあっていくしかないだろう。

 朝起きてから寝るまで、電車に乗っているときのスマホ(iPhone)を含めれば常にパソコンを触っている生活をしている。立ち上げては閉じることを無数に繰り返してきた。今朝も日経電子版を読もうと新しいパソコンを立ち上げたとき、ふと「ようこそ」と言う言葉に気づいた。あれ、「ようこそ」とは他人を家に招き入れる言葉ではないのか。つまり、パソコンにとって私は他人だったのだ。改めて気づいた。これは驚きだった。

 パソコンを使うようになって四半世紀を超える。ずっと私は、パソコンを家の敷地内にある情報の倉庫のように思っていた。つまり、我家の情報置き場である。最初の頃は、データを外部に送るには『ピポピポ、キュルキュル』という音を聞きながら早くつながってくれと祈り、送り終わってほっとするという状態だった。だから、情報通信というものは意思を持って送ったり受けたりするという意識が染みついてしまっていた。しかし実は違っていた。パソコンを開いた途端に私は他所のお宅を訪問していたのだ。

 こう考えてみると様々なことに納得がいく。多くの人はパソコン宅を安全な家と信じている。だから大切なものを置いてもらっている。一方でパソコン家になにがしかの金を払い、警備会社を雇ってもらってもいる。それでもパソコン家の人のふりをしている泥棒に騙されて大切なものを預けるといったことも起きる。『ピポピポ、キュルキュル』しなくても、裏の戸を開ければ静かにデータは外に流れ出ていき、外部委託先の大型倉庫にいつの間にか入っている。それがどこかは知らされていない。「ようこそ」の後に潜むものに、私達は十分気を付けなければならない。パソコン家の裏庭は地球全体に広がっているのである。

 話は変わるが、私は数個のメールアカウントを持っている。その中の一つをメインのアカウントとし、どのパソコンからもOutlookで読み書きできるようにしている。新しいパソコンの問題はOutlookの立ち上がりがひどく遅いことである。どこが他のパソコンと違うのかはすぐわかった。Office365になっている。個人で使うのだから大した機能は必要ないのに、とイライラが募った。ところが、大きなメリットに気づいた。これまでは、どのパソコンからも同じメールを読むことができたが、送信メールは送信したパソコンからしか読むことができなかった。しかし、Office365のOutlookでは、他のパソコンから送信したメールが全て見える。いつでもどのパソコンでも同じ条件で仕事ができる環境がいつの間にか整いつつあるではないか。ということは、明らかに私の通信内容はどこかの外部委託先の倉庫ですべて管理されているというわけである。

 他人の家を訪ねるときは身だしなみを整え、言葉遣いにも気をつけるべきだろう。気軽に見せた写真、うっかり発した言葉は裏庭から世界に知られてしまう可能性がある。



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