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技術者倫理を事例で学ぶために


2018.03.04


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 大学で「情報倫理と技術者倫理」という講義を担当している。元々、2人の先生が担当していたものを4年前に引き受けたものである。当初、「情報倫理」の部分は企業で行っていたセキュリティ研修の延長で、「技術者倫理」の部分は技術者としてやってはならないこと、例えばデータの改ざんや不具合の隠蔽、知的所有権の侵害などを「やってはいけません」と教えればよいと考えた。しかし、「倫理」という言葉の定義すら曖昧であるし、正しいことは何かを知っていてもできないのが現実の世の中である。知識は他の科目でも得られる。そこで、様々な状況でどう振る舞ったらよいかを考えさせる講義に組み立て直した。

 講義では、初回で「AIに倫理観は持たせられるか」という情報系の学生の興味を引きそうなテーマについて話し合いながら「倫理」とは何かを考えさせる。その後は、毎回事例を示し、それについて考えさせる。各事例については、その概要と背景を説明してからいくつかの質問を投げかけ、それに答えさせる。最初は個人で考え、次に周りの人と話合い、その結果を書かせる。一旦解答を回収し、解答を分析した上で、次の講義で解説を行う。

 現在講義で使っている事例は3つのパターンに分けられる。一つ目は、良く知られた事故の事例である。JCOの臨界事故、福知山線脱線事故、公営マンションのエレベータ事故など、起きてから年数が経ち、原因がかなり分析されているものの現在でも折に触れてニュースになっているものである。技術者の立場から、これらの原因を考えさせ、同様の事故を起こさないためにどうすべきかを考えさせる。解説では現在の取り組みについても示す。

 二つ目のパターンは、今後社会に出て遭遇するだろう問題である。例えば、「データの改ざんなどの不正を起こさざるを得ない事態に陥ったときにどうすべきか」「経験が浅いのにチームリーダーを任され、上司は別プロジェクトのトラブル対応で不在、相談する相手もいないまま進捗が遅れていくとしたらどうするか」「新システムを導入すると会社の業績に貢献すると分かっているのだが経営幹部が納得しないときどうするか」「ビッグデータをマーケティングに使いたいのだが個人情報保護の観点から問題が起きそうである」など、私自身も答を出すのが難しい事例である。

 三つ目のパターンは、日々刻刻飛び込んでくる新たな事故、事件、話題である。情報セキュリティに関する事件、データの改ざんなどの不正、製品の品質に関わるものが多い。幸か不幸か事例になりそうな案件だけは毎年積み重なっていく。この4月からは新たな事例として「無資格者の完成車検査」「仮想通貨の流出」「デマ情報はなぜ拡散するのか」などを追加しようと思っている。「新幹線の亀裂」も入れるべきかもしれない。このパターンには問題がある。学生が自分で考える前にネットで検索を行い、面白おかしく書かれた記事に引きずられてしまうことである。STAP細胞を取り上げたときに苦労した。

 講義の進め方にはまだまだ問題が残っている。事例研究ではなく出席確認と思っているのか、殆ど何も書かない学生がいる。私が途中で解説を加えるとそのまま書いてくる学生も多い。自分で考えて正しく行動できる人材を育成するための試行錯誤が続く。



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