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なぜ疑問を持つことができなかったのか


2017.10.22


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 日本の労働生産性が低いことは広く知られた事実となっている。特にIT(情報技術)業界の生産性は欧米諸国と比較してかなり劣っていることも、数年前から言われていた。これは、40数年IT業界で働いていて、情報システム開発の生産性向上の仕組みづくりを主たる仕事にしていた私にとっては心苦しい事実である。しかし、決して信じられないことではない。むしろなぜ早く気づいて手が打てなかったか、と悔しく思うばかりである。

 そもそも労働生産性は、生産高を労働者数で割ったものである。生み出された価値をかけたコストで割ったものともいえる。私が長年やってきたことは、コストを削減するための技術的な仕組みを作ることだった。具体的には、少ない人数で品質の良い情報システムを開発するための技術の開発と定着化である。しかし、情報システムの開発の中心がソフトウエアを設計して開発(プログラミング)することから、既にあるソフトウエア・パッケージを購入して利用する、さらには、インターネットを介してすでにある情報サービスを利用することに変化したことにより、コストを削減する技術が大きく様変わりしてしまった。

 一方、生み出された価値を高めるための技術開発は殆どしてこなかった。なぜなら、情報システム開発者の仕事の目的が、顧客企業の要望に正しく応えることだったからである。そのために、いかにして顧客の要望を的確に掴み、それを最適な方法で実現するか、に力を尽くして来たのである。価値を高めるのであれば、顧客と開発者が一緒になって、全く新しい価値を生むビジネス改革を実現する努力をすべきであった。しかし、現実には海外の事例や同業他社の成功事例を顧客に伝えて、その後追いをするか改善を加えることを先進的取り組みとして満足してしまっていた。

 なぜ、生産性向上の意味と現実の仕事のギャップに気づかなかったのだろうか。なぜ、仕事の意味に疑問を持たなかったのだろうか。私は複数の企業に勤めたが、その経験からすれば、企業においての仕事は上から降りて来るものが大半であった。地位が上がってもそれは変わらなかった。顧客ももちろん「上」に当たる。指示されたことを間違いなくこなしていくことに日々追われる。時には、なぜこのようなことをしなければならないのか、と疑問を持つことはあったが、それを上司に問えば、さらに上から言われているのでやるしかない、との答しか返ってこなかった。もちろん顧客に問うことはなかった。指示された仕事に疑問を持つことは組織の規律を乱すこと、チームの和を乱すものと思い込んでいたのである。企業で日々の仕事に追われていたことにより、確実に視野は狭くなっていた。しかし、世の中は急激に変化している。新たな対象、新たな目標を見つけ出して実現しなければ大きな価値にはならないのである。

 これからは、与えられた仕事に対して「なぜそれをするのか」と疑問を投げかけ、物事の本質を掴もうとする、柔軟な思考のできる視野の広い人材を育てなければならない。データ改ざんや規則違反などの企業の不祥事が世の中に衝撃を与えているが、このようなことが起こらないようにするためにも人材育成の重要なポイントになるのではないか。



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