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体験的お酒の功罪


2026.1.11


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 かつて、仕事上の付き合いのある人から「自分はお酒好きではあるが、依存症ではない」と主張されたことがあった。これは難しい問題だ。多分、『お酒好き』と『アルコール依存症』の境界は、かなり曖昧ではないかと思う。かく言う私も、半年前までは、1年365日晩酌を欠かしたことがなかった。数十年間の習慣になっていて、これがあることによって、夜はぐっすり眠れ、その日の心配事はすっきり忘れられて、次の日を新たな気持ちでスタートできるのだ、と信じていた。これって、ひょっとしたら依存症なのではないのか?

 半年前に、家ではお酒を飲まない、家にはお酒は置かないと決めた。健康のためでも依存症を心配したからでもない。生活用品がすべて値上がりする中、無駄な出費を減らそうとして様々な努力を重ねていくうちに、お酒の費用が目立ってしまったからである。ケチな私は、これを減らさなければ生活コスト削減は完結しない、と結論付けた。飲み会などの外食では飲むけれども、家では一切飲まなくなった。その結果どうなったか。夜はぐっすり眠れるし、朝には昨日の嫌なことは忘れている。私が信じ込んでいたお酒を飲むことの効果は、一体何だったのだろうか。単なる言い訳に過ぎなかったのか。

 さて、話はここからだ。年末年始は様々なイベントがある。一人暮らしの高齢者の私としては、出かける機会はほぼないので、何となく寂しい。そこで、クリスマスイブに、一年頑張った自分へのご褒美のつもりで、好きなウィスキーを購入した。それでハイボールを作って飲んだところ、美味しいのなんの。結局、年が明けるまで、毎晩、食事時にハイボールを楽しんだ。そこで、何が起こっただろうか。明らかに体が反応した。

 まず、良かったことから書く。お酒と一緒だと食欲が増す。後期高齢者になってから、どんどん食が細くなっている。実は、子供たちからは「もっと太れ」と言われているのだが、今の状態を維持するのが精いっぱいだった。それが、食事が美味しすぎてもっと食べたくなる。太れるかもしれない。残念ながら、そうはいかなかった。結果として、胃薬が手放せなくなった。頭ではもっと食べろと言っているのに、胃袋が拒否したのだ。

 結局、正月の2日で家での飲酒は終わりにした。そこで、気づいたことがある。お酒を飲むと眠くなる。だから寝つきはよいようにみえる。しかし、次の朝、やたら早く目覚めてしまう。夜中に目覚めることも多い。お酒を止めたら、いつもの時刻に起きられるようになった。明らかにぐっすり眠れている。やはり飲酒の功罪では罪のほうが大きいのではないか。

スマホなしでは生活が成り立たない今日、多くの人はスマホ依存症になっているのではないのか。これは、早晩議論になるはずだ。では、すぐ近くのコンビニに歩かずに車で行く人は、車依存症なのか。これは、エネルギー問題、健康問題と絡めれば議論になっても不思議はない。『好き・便利』と『依存症』の境界線にある行動は、一度止めてみてはどうか。

 お酒はたまに飲むから美味しい。誰かと一緒に飲むからなお美味しい。美味しくお酒を飲むためにも、家では一人で飲まないことを今年の目標にしよう。旅行もたまに行くから感激する。せっかく行くなら豪華にしよう。ケチケチばかりでは人生はつまらないから。

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