2026年が始まった。今年の目標は、「初めてのことをすることによって脳に刺激を与える」にしている。でも、もう一つ付け加えよう。「物事をより柔軟に考える」である。これまでの常識、こだわり、しがらみから解き放たれた、何でもありの考え方を加速させよう、ということである。
最近気づいたのだが、私はよく「アジア系の外国人」に間違われる。二十数年前、中国出張の際に、中国支社の女性が通訳として付いてくれた。すると、訪問先の企業の方が、私の方が通訳だと間違えて中国語でまくしたててきた。なぜ私が日本人ではなく中国人だと思ったのだろう。九州の有名な温泉地の観光ホテルに泊まった時、一人で歩いていた私に、日本人の男性グループが「アンニョンハセヨ」と話しかけてきた。韓国人だと思ったらしい。ワシントンの地下鉄では、どのホームから乗ればよいか尋ねられた。アジア系の米国人と思われたようだ。昨年末には秋のインド訪問について話す機会が多かった。すると、私がインド人みたいだと複数の人から言われた。
「私はどこの国の人?」「何で私は日本人に見えないの?」でも、考え直した。そんなことどうでもいいじゃないか。私は私だ。日本人だから日本人に見られなければならないことはない。例えば、男性は男らしく、女性は女らしく、と決めつけられることで苦しんできたのは過去の話だ。現代は、国も性別も宗教も文化も、区別なく柔軟に認め合い、受け入れる時代なのだ。それが新しいものを生み出す力にもなる。海外に出たらその国に溶け込んで、現地の人のように見えるとしたら素晴らしいではないか。
小学生、中学生、高校生に「将来どんな職業に就きたいか」を尋ねる調査がよく行われている。最近、こんな質問をすることがナンセンスではないかと思うようになった。聞かれた子供たちが大人になるころには、想定している職業は無くなっている可能性が高い。会社員や公務員と答える子供も多いのだが、イメージしているのが(机の前でパソコンを操作している)ホワイトカラーだとすれば、AIに置き換わって無くなっている可能性はかなり高い。他の業種も同様だろう。AIを搭載したロボットが活躍しているはずだ。
今求められているのは、常に新しい何かを探し、学んでいくことである。AIの進歩を見れば分かるように、技術の進化は加速度を増している。数年で世の中はがらりと変わる。未来の予測はどんどん困難になっていく。であれば、なおさら自分で「今」を見るしかない。動物的な「勘」で次を見極めるしかない。そして、いち早くそれを学び、自分のものにする力が必要だ。そんな「学び方」を学校では教える必要がある。過去の知識を詰め込んだところで、AIに勝てるはずがないのだから。仲良くなって教えてもらえばよい。
さらに、子供たちには、柔軟に他者を受け入れる力も持ってほしい。日本の伝統文化を守ることも大切であるが、すべてにそれを当てはめる必要はない。海外を含めた自分以外の人の考え方を受け入れることにより、新たな発想も生まれる。生身の人間だからこそできる柔軟な発想とコミュニケーション力で、見えない未来に立ち向かっていってほしい。
自分の信念に従って行動する「高い志を持つ、市場価値の高い技術者」を育成します。
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コンサルティングと研修のサービスを提供します。
所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)

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私はどこの国の人
2026.1.4

