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紆余曲折あっても人生の結果は殆ど同じ


2017.08.20


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 遂に、60代最後の歳になってしまった。新しく作った遠近両用眼鏡を受け取りに行き、磨き上げられた鏡を覗いていつものことながら驚いた。このお婆さん一体誰?気持ちの上では40代半ばである。だから、鏡やガラスに映った自分の姿に毎回驚く。なぜ30代以下でないかというと、子供たちが30代後半だからである。妄想でも子供より若いとは思い至らない。しかし、50代では60代に近すぎて面白くない。

 70代を間近にして思うのは、子供の頃からの夢は殆ど叶っていないということである。ロケットを飛ばす技術者になりたい、と言っていた小学生の頃、研究者になってノーベル賞を取る、と密かに思っていた中学生の頃の夢はどこへやら。技術者として世の中に大きな貢献をする成果を上げたわけでもなく、研究者の夢は、最初の職場を結婚退職したときに消えてしまった。現在大学の教員ではあるが研究論文など全然書いていない。自慢するようなことではないが。

 では、と考えてみる。もしも私が男性であったり、40年前とは違って男女が平等に機会を与えられる時代に生きていたら、結婚退職などせずに最初の勤め先の研究所に勤め続けていただろう。そうしたら、家事、育児は誰かに任せて仕事(研究)に専念できて、人生は変わっていただろうか。色々想像してみるが、結論としては、今とそれほど変わらないのではないか、ということになってしまう。つまり、通った道が違うだけで、行きつく先は結局同じではないか、ということである。

 私は最初の職場(企業の研究所)を結婚退職した後、14年間、数か所の職場を転々としながらSE(コンピュータシステムの開発をする技術者)をしていた。そして、縁あって、元の会社に経験者採用で再就職した。その際、面接で「元いた研究所に戻りたいですか?」と訊かれたのだが、はっきりと断った。もっと現場に近いところで働きたかったからである。つまり研究者に戻るチャンスはあったのに、その時点では私の関心は違うところに移っていたのである。最初の職場に勤め続けていたとしても、遅かれ早かれ別の道を模索していた可能性は高い。

 その後十数年して役職定年を迎える頃、一念発起して大学院に社会人入学をし、工学博士の学位を取った。しかし、論文を書く意欲は急激に衰え、いつの間にか学会にも行かなくなってしまった。別に忙しすぎた訳ではない。役職定年になっていたし、子供たちも独立してしまって、ほぼ自由の身に近かったのである。自分の関心は違うところに行ってしまった、ということである。

 幸いなことに、私には戦争や震災などの人生を大きく左右するような環境の変化はなかった。しかし、結婚、出産、育児等の環境の変化は、人並みにはあった。ただ、その環境の変化の人生の目標達成への影響は、長い目で見ればそれほど大きくなかったように思える。影響があるとすれば、到達地点に向かうプロセスに対してであり、到達地点ではない。到達地点に影響を与えるのは、結局のところその人の意志の力ではないか。



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