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無知の力が創造に結びつく


2024.2.25


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 20歳代、30歳代の若い頃一世を風靡した女優が、50歳を越えて「若かりし頃に戻りたいか」聞かれたとき、嫌だと答えていた。その理由は、あの時の苦労をもう繰り返したくない、ということだった。それには私も激しく同意する。確かに、若い時は体も頭もよく動いたし、恐れを感じることなく新しいことに挑戦できた。でも今は、起きる可能性のあるトラブル、失敗したときの報い、今よりもっと悪くなる恐怖、などに取りつかれてしまう。挑戦どころか危険などありそうもない行動ですらストレスになっている。その理由は明らかだ。年を重ねるうちに経験が情報として蓄積されていくからである。特にネガティブなものが。

 こんな私でも、小学生の頃は将来に向けて様々な夢が入れ代わり立ち代わり生まれ出ていた。科学者になりたい、技術者になってロケットを飛ばしたい、小説家になりたい、等々。努力すれば叶うのではないか、とも思っていた。成人してからは、現実離れした夢は見なくなったが、努力すれば夢は叶うという根拠のない自信は残っていた。50歳代までは、周囲が絶対無理だと言っていても押し切って飛び込んでいくだけの勇気があった。でも70歳代の現在は突破力が落ちている。明らかに「無知の力」が不足しているせいである。

 今の子供たち(小学生、中学生、高校生)の多くが将来なりたい職業(?)を会社員と言うのは、夢を持たなくなったからなのだろうか。そうではないと思う。多分、心の中では様々なものを描いているはずだ。ところが、現代は子供でもかつてとは比較にならない多くの情報を手に入れることができる。その中には、夢を実現する障害となる様々な事象の情報も含まれているはずだ。それを知ってしまうと、「夢を実現するのは無理ではないか」、「こんな夢を持っていることを知られたら恥ずかしい」と思うだろう。であれば、夢みている仕事の中身を隠して「会社員」や「公務員」と表向きは言っておいた方が無難である。でも、この傾向が進むと、夢に向かって挑戦する気持ちが失われてしまわないだろうか。挑戦には目標を明らかにし、周りが何と言おうと突き進む心が必要なのだ。

 現代の私たちは、AIの方が自分たちよりも多くを知っていると思っている。無知であることを劣っていることと思い込んでいる。しかし、人間は、知らないことがあっても想像でそれを埋めることができる。想像の範囲は現実よりもずっと広い。突拍子もない考えも生まれるし、それが実現してしまう夢のような世界もそこにはある。想像の世界なら失敗することなく突き進むことができる。誰からも馬鹿にされることもない。その中から新たなものが創造される可能性は十分にある。想像が創造に結びつくのだ。

 多くの現代人が、知らないことでもAIに聞けば答えを教えてくれると思っている。でも、AIは知らないことがあってもうまくごまかして知っているかの如く言うことはあっても、想像力を働かせて突拍子もないアイディアを出すことはできないだろう。人間は知識ゼロから新たなものを想像し、創造する力を持っている。それを磨かずに、AIへの問い合わせで過去から現在までの情報をかき集めることで道を見いだそうとすることは危険きわまりない行為ではないか。人間の持つ能力を磨き続けることは、今後も絶対に必要である。

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