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優秀なIT人材と言語習得力の関連性


2024.2.11


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 インドの国民が幼い頃から算数や数学の勉強を良くしているというのは定説になっている。掛け算は20×20、いや25×25まで覚えるという。一方で数多くの優秀なIT(情報技術)人材が輩出されているということも知られている。IT人材と言えば「ガリガリとプログラムを組む」理数系の技術者のイメージが強く、インドの人たちが世界のIT業界で活躍していることと理数系に強いことは関連がありそうである。でも、それは本当だろうか。

 インドの国民にはもうひとつ大きな特徴がある。それは多言語が扱えるということである。Wikipediaによれば、インドには少なくとも30の言語があるという。連邦の公用語はヒンディー語と英語だが、連邦憲法の第8附則には22の指定言語が定められている。我々はインドの人たちの特徴を英語が使えることだけに着目しがちだが、実は多言語社会に生きていることの方が大きいのではないか。多言語社会では複数の自然言語を習得し、それを使ってコミュニケーションをとる力が求められる。この力も優秀なIT人材を生み出す土壌になっているのではないか。そう思うのには理由がある。

 私がプログラマとして社会に出た50年以上前には、プログラマの仕事は理系、文系に関係なくできると言われていた。なぜなら、プログラムを書くための言語(プログラミング言語)は人工の「言語」であり、プログラミングとは、その言語の文法を理解し、その言語を使って目的とする内容を正しく表現することだったからである。それがいつの間にか変化していた。プログラマのイメージは複雑な論理やアルゴリズムを生み出して駆使する理系の技術者のそれに変わり、その他の部分は機械化や自動化の仕組みの中に入ってしまったように捉えられている。それに疑問を感じるようになって、どこかに関連する研究はないだろうかと探してみた。すると一つの論文を見つけることができた。
Relating Natural Language Aptitude to Individual Differences in Learning Programming Languages  :Chantel S. Prat, Tara M. Madhyastha, Malayka J. Mottar

2020年3月にnature誌に掲載されたワシントン大学の研究者によるものである。

 この論文の中心になっているのは、プログラミング言語の習得力と自然言語の習得力に強い相関があるということである。実際に42名の大人の被験者に対してPythonの学習とプログラミング、および大人になってから習得した自然言語の力を調べた結果を使っている。この論文にはさらに興味深い結果が含まれている。それは次の2点である。

・プログラムの正確性に影響しているのは言語能力より認識能力(推論、短期記憶)である
・数学的知識、計算能力はプログラミング力には殆ど影響がない

 これまでの常識とされていた「理系の教育を推進すれば優秀なIT人材が育つ」という思い込みから脱却する時期が来ているのではないか。より多様な能力を高めることを考えなければならない。多言語を習得している人たちの力は、IT業界にもっと入れていくべきではないか。それはインドの人たちだけに止まらないはずである。

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