トップページ > コラム

ランダム化と多様性


2022.08.28


イメージ写真

 この夏は、ヒトという「か弱い種」がどうして地球で最強の存在になりえたのか、を考え続けてきたように思う。具体的には家に引きこもって本ばかり読んでいたのだが。半月ほど前には「なぜヒトだけが言葉を話せるのか」(トム・スコット=フィリップス著、東京大学出版会)から、「自分の意図を明示し、推論するコミュニケーション能力」を身につけたから、という説に大いに共感した。その後、過去に読んだ書籍を含む何冊かの本を読み、別の考え方にも共感するものがあると気づいた。それが「社会的学習力」である。

 「文化がヒトを進化させた」(ジョセフ・ヘンドリック著、白揚社)は2年前に読んだものである。ここでは、ヒトとそれ以外の種との違いは文化的学習能力、すなわち、相手の目的や意図を推し量り、根底にある規則や規範を見抜き、複雑な階層構造を学ぶ能力、を身に着けたことであるとする。コミュニケーション能力の説と矛盾するところは無い。言語からの視点と文化的な進化からの視点の違いと思われる。

 さて、「文化がヒトを進化させた」に面白いことが書かれていた。ヒトは社会的な学習能力を身に着けたために自分の行動をランダム化できず失敗することがあるという。例えば、ギャンブルで負けが続くと次は勝つと思い込む、逆に成功が続くと次も成功と思い込む、じゃんけんで一瞬遅れると相手と同じものを出すなどである。科学的根拠の全くない「占い」は、それを避けるランダム化装置ではないか、というのである。これを見て、3年前まで大学での卒業研究のためのゼミで導入していた手法を思い出した。

 ゼミのテーマは「創造的な発想力強化」であり、そのための手法としてTRIZという技法を使っていた。私が取り入れたのは、問題解決のための改善する要素とそれにより劣化する要素の組み合わせから矛盾を解消する発明の原理を取り出すマトリックスである。発明の原理は40あり、過去の膨大な特許を分析して定義したものである。もともと自動制御や機械設備に関する特許を対象にしているのだが、ゼミでは生活や社会的な問題に適用した。発明の原理は「分割」「非対称」「入れ子」などと言う形で出てくるのだがそのままでは全く答えに結びつかない。頭を柔軟にして発想しなければならなかった。まるでタロットカードでの占いみたいなものである。ランダム化に近いことをやっていたのだ。

「文化がヒトを進化させた」には、社会的学習の先には文化的な進化があり、さらに集団脳が生まれて発展するという記述がある。これにも思い当たることがある。十数年にわたり社会人や学生の研修に携わる中で、視野を広く持ち柔軟な思考をするための訓練をしてきたが、最近になってあることに気づいた。個々人は各々自分の意見に固執しがちであり、柔軟な発想をするように言ってもなかなか変わらない。ところが、複数の考えを集めてみると非常に多様性があるのだ。

 例えば、「AI(人工知能)に人間の倫理観を教えるべきと言われているが、そもそも人間の倫理観とは何だと思うか」という問いに対する回答は百人百様である。「普遍的なもの」対「変化しうるもの」、「個人的なもの」対「社会的なもの」など相矛盾する考え方が共存している。これは何度行っても同様である。「メタバース(巨大仮想空間)でどのようなビジネスができるだろうか」という問いに対しても、大半の人が各自一つのアイディアしか出さなかったのに、集めてみると「ビジネス環境の改革」「体験的な消費行動」「体験的な経験価値向上」にきれいにばらけた。まさに多様性が発揮された結果であり、集団脳の存在が目に見えたように思う。

 人類がこれからも進化し、地球上で生き延びていくためには、多様性の尊重こそが必要ではないだろうか。本気で考えるべき時が来ていると思う。  

コラム一覧へ