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なぜ人間の言葉が分断を招くのか


2022.07.10


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 ユバル・ノア・ハラリの著作を3冊読み終えた。うち2冊(SapiensとHomo Deus)は原書で何か月もかけて苦労して読んだが、21 Lessonsは日本語訳なので勢いであっという間に読み終わった。もっと人間の進化について理解したいと思うようになった。その時見つけたのが、「なぜヒトだけが言葉を話せるのか <コミュニケーションから探る言葉の起源と進化>」(トム・スコット=フィリップス著 東京大学出版会)という本だった。あまりに面白くて、3日ほどで読み終えた。

 言語進化の分野は学際的ということもあり、多くの説が存在するようである。いずれ、本書で述べられている説と対立する説についてもきちんと調べる必要があるが、現段階では、人類の進化に関する私自身の認識とかなり整合性があると感じている。それは、「意図明示・推論コミュニケーション」が社会的な認知様式を持つヒトにおいて発生し、それを強化するものとして言語が発生したというものである。このコミュニケーションは、一方が相手に対して意図を明示して発信することで心的操作を行おうとし、もう一方が相手の意図を読み取ろうとする(推論する)働きと言える。言語はこのコミュニケーションをより良く行うために発生し進化したということである。以上はあくまでも私の解釈なのだが。

 私の考え方の基礎には、なぜヒトのような弱い(体力的に劣る)種が、20万年前に発生してから地球全体の中で最強の存在になりえたのかの答えが、相互のコミュニケーションとそれによる協力関係の構築にあるというものがある。例えば私自身は一人では何もできないが、多くの人の知とそれによる生産物のお陰で生きていける。言語はそれを強化するために発生し、文化として世界各地で進化したというのが私には最も受け入れやすい。

 ここからが本題である。意図明示・推論コミュニケーションがヒト同士の協力関係を構築するためには「正しい情報を伝えようとする力」が働かなければならない。嘘をつくヒトの存在は協力関係の構築の妨げとなり、究極的にはヒトの絶滅につながりかねないからである。本書では受け止め手側の情報のふるい分け(認識的警戒)、発信側の「信用を失うことで名誉を失うことを恐れる」が安定的なコミュニケーションに到達する要因としているが、果たしてそれだけだろうか。ひょっとして辛うじて安定を保っているだけなのではないか。

 現代は、進化の結果として得られた言語を使って新たなメディアで自由な情報発信ができる。そこには多くの「偽情報」や悪意のある「ヘイト・メッセージ」、ヒトを傷つける「誹謗中傷メッセージ」が含まれている。これらは社会の分断を招いている。当然ながら現代のヒトであっても「意図明示・推論コミュニケーション」能力を使っているはずである。弱い存在のヒトが最強の種となりえたのがヒト同士の協力関係の構築だったはずなのに、その行き着いた先に分断を招くコミュニケーションがあるというのはなぜなのだろうか。

 ヒトのコミュニケーションの範囲はインターネットによって広くなり過ぎたのかもしれない。生きていくためには地球全体の情報交換や知恵の共有は必要なく、分断されても生きていける、という思考が働き始めたのか。新たな進化の時代が来るのだろうか。

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