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私がマスクをかけなくなるとき


2022.06.26


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 先日、歯科医院から出て家に向かう途中の道でマスクをしていないことに気付いた。診察の際に外してポケットに入れていたことを思い出し、あわてて着けた。私としたことがこんなミスを犯すとは。家のドアに「マスク着用」というイラスト入りのプレートを付け、外出の際には必ずマスクをし、家に戻るまでは決して外さないことを信条にしているほどなのに。そのために、極力外食はしないし、よほどのことがない限り水を飲むことも控えている。その日は義歯の不具合を直してもらって気分が良くなり、心に緩みが出たのか。

 最近、いつになったらマスクなしの生活に戻れるのかが議論になっている。コロナ前の私だったら「すぐにも外したい」と強く思ったことだろう。なぜなら、十数年間皮膚アレルギーに悩まされて、マスクにかぶれて顔が腫れあがった経験から、一生マスクはかけないつもりだったからである。コロナが始まって多くの人がマスクをかけるようになってもしばらくは抵抗していた。それがどうだ。アレルギーが解消したこともあり、もうマスクは体の一部になっている。多分、マスクを外す最後の人になっているような気がする。

 世の中がマスク一色になっている今日この頃、マスクに関して不愉快に思うのは、マスクをずらしてかける鼻マスクや顎マスクの人を見かけることである。だらしないと思うのである。これはマスクを下着と同じと感じているからだろう。しかし、それにも増して不愉快、いや気持ち悪いとさえ感じるのは、「マスクを着け外しする行為」である。

 例えば、テレビの番組で食レポがある場合、最初にマスクをかけた状態でお店の人と話をし、次のシーンではマスクを外した状態で料理を食べて感想を述べるのは全く問題ない。しかし、最初にマスクをかけた状態で料理を出してくれた人にインタビューし、その場でマスクを外し、食べ、マスクを再度かけて感想を述べるシーンを見せられると、非常に不愉快になる。マスクを外す行為と着ける行為、さらに言えばマスクを触る行為を「汚い」と感じてしまうのである。マスクはかけるならかけたまま、外すなら外したままにして欲しい。マスクを触る行為を見せないで欲しい。

 「マスク会食」なるものが推奨されたとき、そんなことをするくらいなら一生会食などしなくてもよい、とすら思った。ひょっとしたら私が特殊な考えを持っているのかもしれない。しかし、マスクに対する感じ方が人それぞれ異なることだけは確かである。そのような様々な考えや感じ方がある限り、トラブルなくマスクをかけない生活に戻るのは難しいだろう。

 では、私が心置きなくマスクなしで行動できるのはいつだろう。それは、一旦家を出たら家に帰るまで、一度もマスクをかけずに済むようになった時である。電車の中、店の中、大学の中、様々な公共施設の中、などなど、誰からも咎められることなく、不審な目で見られることなくマスクなしでどこにでも居られるようになったら。それは、コロナ前に戻るということである。どこか一か所でもマスクが推奨される場所があったら、今まで通り、家を出るときにマスクをかけ、家に帰るまでは絶対に外さないだろう。マスクの夏も3回目になる。マスクの内側の汗をどう対策するか、悩ましい。

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