トップページ > コラム

こんなはずではなかった


2022.01.16


イメージ写真

 「想定外」と言う言葉が頻繁に聞かれたのは、東日本大震災が起きた直後(約11年前)だろうか。その後、安易にこの言葉を発するのはリスク管理ができていないことを認めるとみなされるようになったからか、あまり聞かれなくなった。しかし、予想をはるかに超える「こんなはずではなかった」と言いたいことはかなり頻繁に起きている。

 昨年末、コロナが再拡大する前に滑り込みで旅行してしまおうと琵琶湖の旅を計画した。ただし、この時期に新幹線が米原あたりで雪のために遅れることは十分想定の範囲だったので、ホテルの予約だけにして列車や旅のルートは直前に決めることにした。そのため、天気予報を頻繁に見ていたものの「行ってしまえば何とかなる」、と決行することにした。そのとき、スマホにホテルからの着信履歴があることに気づいた。折り返し電話すると私の名前を確認し、すぐに「ではキャンセルで」と返答があり、その場でキャンセルが決定した。ホテルの配慮と私のリスク管理の甘さを実感してしまった。

 もう40年以上前になるが、全く違うのに似たような感覚に襲われたことがある。二人目の子供の出産である。一人目の出産のときは未経験だったこともあり「出産とはものすごく苦しいものである」とかなり身構えていた。つまり「障子の桟が見えなくなるくらいの痛み」と信じていた。そのため、家にいて陣痛が起きているのに「まだこんなものではない」と我慢をし続け、気づいたら破水してしまった。慌ててタクシーを呼び病院へ。病院で分娩台に乗ったとたんに出産した。障子の桟の話は大げさすぎたのか、とその時思った。そこで、二人目のときは、陣痛の兆しが見えた時点でさっさと入院してしまった。しかし、いつまで待ってもそれ以上の痛みはない。結局、陣痛を起こさせる処置をすることにして、余裕をもって分娩台に上がった。ここで「こんなはずではなかった」が起こった。一回目の出産のときには経験しなかった激しい痛みが起きたのだ。助産師さんに叱咤されて必死でいきんでようやく出産、私の予想は見事外れた。やはり出産は痛いものだった。ただし後で知ったのだが、一人目と二人目ではかなり体重に差があったのも事実である。

 さて、現在も「こんなはずではなかった」がある。新型コロナの蔓延第6波である。昨年末には新型コロナのオミクロン株が世界中に蔓延していることは分かっていた。その感染力がそれまでのデルタ株よりも格段に大きいこと、遅かれ早かれ日本にもそれがやってくるだろうこと、は十分すぎるくらい認識していた。これまで2年間のコロナに対する経験、知識もあり、今後の予測の精度はかなり高かったと思う。まあその結果として、それまでに滑り込みでやれる限りのことをしておくべき、ということになったのも否めない。年末年始の人出はかなり多かった。私も年末に子供たち、孫たちと会っている。次に会えるのがいつになるか分からなかったからである。しかし、ふたを開けてみれば、感染拡大は急激どころか絶壁状態ではないか。まるで、ビンタを張られることを想定して身構えていたら突然グーで頭をぶん殴られたようなものである。

 これからも我々の想定をはるかに超えることはまだまだ起きるはずだ。とはいえ、新型コロナに関しては、今の私にできることはマスクを2重にするくらいではあるが。



コラム一覧へ