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今は振り返る時ではない


2021.07.04


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 1993年から続けている10年日記は、3冊目の残りが1年半となった。いつの頃からか1週間分をまとめて週末に記入する様になり、日々の記録は卓上日誌の方に記述している。週末にそれまでのことを記入(というか転記)した後、昨年、一昨年の今頃何をしていたかを確認するために読み返すのも楽しい。先週はちょっと違った。夫の7回忌が近づいている。コロナ禍で法要こそ取りやめたが、6年前の今頃にどうしていたのか気になってそちらに目が行った。しかし、私の脳内からもう一人の私の声が聞こえた。「見ちゃいけない」。なぜだか分からないが、慌てて日記帳を閉じた。今はその時ではない、と強く感じたからだ。

 ふと、10年前のことを思い出した。東日本大震災の時、私の恩師ともいえる方は、ご夫婦で岩手県陸前高田市に住んでおられた。そして、津波ですべてを流された。すでにご高齢だった恩師は杖を突きながら必死で高台に上り、命が助かった。そのときの、「振り返るな」とかけられた言葉で命が救われた、とのちに奥様はおっしゃった。生きるためにとにかく前を向いて必死で進むしかない時があるのだ。そんなときに振り返るのは禁物だ。

 なぜ今が振り返ってはいけない時なのか考えてみた。確かなのは、このコロナ禍で心理的に不安定になっているということである。あるときは考えが後ろ向きになりがちになり、別のときは不確実な楽観論にすがりたくなる。先日、いつもの電車での移動時に人身事故による運転停止が起き、別ルートを使わざるをえなくなった。それがたまたま20代の頃に使っていた路線だった。50年近く前に使っていた駅を通過した時、当時の勤め先であったことが次々と思い出された。なぜか嫌なことばかりである。そんなはずはない、もっと色々楽しいこともあったはず、と思うのだがだめだった。

 毎週、ウォーキングの一環で大型書店に立ち寄る。そこでの立ち読みが結構楽しい。先日は、新書本のコーナーでコロナに関する本が多く出ているのを確認した。タイトルや帯のキャッチコピーが怪しげな本も多い。「コロナはただの風邪と同じ」「危ないのは高齢者だけ」「怖いワクチンなど打つな」など、安易な楽観論にすがりたい人を引き寄せる言葉にぞっとした。こういった本は昨年の出版になっている。当時は、たしかにこのようなことを言う人たちは結構いた。しかし、今は変異株が猛威を振るい、10代から40代の感染者の割合が多くを占めて、高齢者の感染率は大幅に減っている。後遺症の恐ろしさもかなり分かってきた。つまり、これらの本に書かれた内容は今では偽情報と言ってよいのだ。昨年の段階で新型コロナに関して断定的なことを述べるのは早すぎた。それが堂々と大手出版社から出版され、多くの人の目に触れるところに並べられているのだ。これは止められないのだろうか。

 現在でも新型コロナは未知のことが多い。だから現段階で振り返って総括したり断定的なことを言ったりするのは避けなければならない。間違いが見つかったらすぐに方針を変えて柔軟に対処すべきである。必要なのは、足元を見ながらひたすら高台を目指して上ることなのだ。私も、ワクチンだけに頼らず、今まで通りの感染対策をしっかりとって、行動を常に見直したい。自分の命を守るために。



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