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いつか辿り着ける日まで


2021.01.24


イメージ写真

 「四十年かけて、ここまで歩いてきたようなものだから、草臥(くたびれ)れた」。これは、井上靖、司馬遼太郎の対談「西域をゆく」の中で出てきた井上靖の言葉である。井上氏らが1977年に新疆ウイグル自治区を旅し、ホータン(和田)に着いたときに発せられたもので、何と感動的な言葉かと胸を打たれた。様々な事情で訪れることがかなわず、40年にわたって憧れ続けた場所をようやく訪れることができた、という思いが伝わってくる。

 思い起こせば、私は20代から海外旅行(出張も含む)をしてきたけれど、事前にガイドブックを読んで、行った先でそれなりに感動して、写真など撮って、帰国して思い出にひたって、それで終わりにしていた。最近では、雑誌やテレビ番組で素晴らしい景色や場所を見ても、お金さえあればそのうち行けるかもしれない、くらいに考えるようになってしまった。

 昨年末に買った本で、毎日何度も広げて書込みまでしているものがある。「日本・世界地図帳」(朝日新聞社)である。地図をぼんやり眺めているわけではない。当時、一緒に机の上にあったのは、シルクロード、西域に関する書籍だった。紀行文を読みながら地図で確かめた。シルクロードがどこを通っていたのかを確認し、そこに横たわる山脈、沙漠、河川の規模の大きさに驚いた。西域と言われる新疆ウイグル自治区のさらに先にあるタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、などの国々の名前と位置を知った。パキスタン、アフガニスタンの位置すらあやふやだった自分の無知に呆然とした。これでは孫に馬鹿にされてしまうだろう。こうして本を読むことで私は少しずつ賢くなってくる。

 年初に購入して手放せなくなっている本が「中南米の古代都市文明」(狩野千秋著 1990)である。Amazonで買った中古本であるが、箱が汚れているだけで中は全く読まれた形跡のない綺麗な(ずしりと重い)専門書である。配送料を含めても定価の6分の1の値段だった。私の関心はシルクロードから中南米の古代文明に移ってきた。地図帳も一緒である。

 まずは中米だが、メキシコはともかく、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ベリーズなどの国々の位置関係を全く知らなかったことを深く恥じた。オルメカ、マヤの文明について読みながら地図を何度も確かめ、地図にない地名についてはGoogleで調べながら現在の地名と結び付けて頭を整理していく。そして南米に移り、ペルーの地図を傍らに置いて、シャトコ、コトシュ、チャビンなど初めて聞く紀元前の文明を知り、ナスカ、モチーカ、ティアワナコ、チムーなどの紀元後の王国や文明について知る。

 「中南米の古代都市文明」には、手書きの図は沢山あるが写真は殆どなく、古代文明や古代都市のイメージがなかなか掴めない。すると実際に行って確かめたくなる。井上靖が古い文献や論文などで頭の中にイメージした西域を実際に訪ねたいと強く願った気持ちが分かるようになってきた。40年かけて夢を叶えた時代に比べれば、私たちは安全に行きたいところに行ける可能性が高い時代に生きている。コロナさえ終息させられれば。

 終息まであと1年、さらに自由な渡航ができるのはまだ先のことだろう。後期高齢者になる頃にはあこがれの場所に行けるだろうか。それまでしっかり勉強しておこう。



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