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もう一つのシルクロード


2021.01.10


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 コロナ禍が始まった頃から、亡き夫が遺した自宅にある古い本を読み漁っていた。その中の一冊が「シルク・ロード」(深田久弥著 1972)である。これが、私の脳内GOTOトラベルのきっかけとなった。実は本書の前半は著者自身が歩いて書いた紀行文ではなく、過去にシルクロードを旅した人々の記録から紙上で構築した脳内の旅なのである。後半は1970年頃までに航空機や鉄道を使って実際に辿った経験を記録した旅行記になっている。この本を最新の世界地図帳を脇において場所を確認あるいは想定しながらじっくりと読んだ。

 シルクロードに興味を持った私は、その後の日本人の紀行文が書かれた書籍はないかと検索してみた。そこで見つけたのが「シルクロード」(長澤和俊著 1993)である。著者の長澤氏は前述の深田氏と一緒に旅をし、深田氏の本に解説も書いている。喜んでAmazonで購入した。古い本なので中古しか出ていなかったが、むしろ安く買えてラッキーと思った。

 届いた長澤氏の「シルクロード」は講談社学術文庫で、1999年の第8刷となっていた。驚いたのは、多くの頁に鉛筆で書込みがしてあることだった。手書きのメモまではさんであった。最初は煩いと思ったが、書込みの内容が参考になるのでむしろありがたく思えてきた。20年前にこの本を買って読んだ人は一体どんな人なのか。なぜこの本を売ったのか。私の脳内では別の旅が始まった。

 深田久弥氏は上述の「シルク・ロード」が出版される前年の1971年に亡くなっている。長澤和俊氏は1928年生まれで私より20歳年長である。調べたところ、2年前に90歳で亡くなっていた。「シルクロード」が出版されたときは早稲田大学文学部教授だった。私の持っている第8刷が出たときは71歳となる。まだ学生に教えていたのではないか。私が考えたのは、この本を購入し、多くの書込みを残したのは学生だったのではないか、ということである。その書込みの的確さから想像するに、講義で板書された内容を書き写したのではないか。さらに私の脳内トラベル(妄想)は続く。

 シルクロードに興味を持った早稲田の学生A君(さん?)は当時この分野で有名だった長澤和俊教授の講義を受けることにする。教材は教授の著書である。毎回の講義で先生が強調された内容、特に中国語(漢字)の読み方、地名などは本に書き込む。だんだん内容が複雑で難しくなってきて、重要な部分は理解をするために線を引くようになった。結局、線だらけになってしまった。でも最後まで到達できたので達成感と満足感を感じた。

 さて、このA君(さん)は現在40歳代だろう。なぜこの本を売ったのだろうか。就職、結婚、引っ越しなどこの20年間にあった大きなイベントのどこかでまとめて売ったはずだ。それが巡り巡って72歳の婆さん(私)のところにたどり着いた。しかも、この本をA君(さん)が購入したときの長澤教授は現在の私とほぼ同年配である。これも運命か。

 新型コロナをきっかけにして、深田久弥氏、長澤和俊氏、A君(さん)、私と一本の線がつながった。これはもう一つのシルクロードだと私には思える。こうして私は脳内GOTOトラベルを続けていくのだ。さて次はどこに行こうか。



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