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オオバンとカモ


2021.01.02


イメージ写真

 私は7つの散歩コースを持っている。そのうちの一つである県立公園には2つの大きな池がある。2年前の冬、そのうちの一つの池の周りを歩いていると、真っ黒い水鳥の群れが甲高い声を上げてバサバサと飛び立つのに遭遇した。歩く先々で飛び立つ黒い鳥の群れに恐怖さえ覚えた。特徴は前頭部(おでこ)と嘴が白いことである。ネットで調べてみたところ、オオバンという水鳥であることが分かった。3月になるとオオバンは姿を消した。なお、もう一つの池はカモの天国で、オオバンは見当たらなかった。

 1年前の冬、なぜかオオバンには出会えなかった。前の冬にオオバンだらけだった池にいたのは沢山のカモだった。時々黒い鳥の群れを見つけて近寄ってみると、行水しているカラスだった。オオバン君たちはそれまで来ていた池をカモに取られてしまったのかな、と残念な気持ちを抱きつつ春まで探し続けたが、遂に出会えないままになった。

 この冬こそはと、秋からまた黒い水鳥を探す日々が始まった。冬に入って間もなく、いつもはカモしかいなかったもう一つの池の隅っこに、2羽の黒い鳥を見つけた。カモが来ることは殆どない目立たない場所である。声も上げずに静かに泳いでいる。おでこが白い。確かにオオバンだ。もしかしたら1年前も、こうして人目につかないところに密かに存在したのかもしれない。また会えたことが嬉しかった。

 それからしばらくして年末が迫る頃、もっと多くのオオバンが泳いでいるのを見た。しかも、カモと一緒である。カモは気にせずに泳いでいるし、オオバンもこそこそせずに平気でカモの側にいる。ただ、時々「グエッ」とカモが声を上げるとびっくりして「クエッ」と甲高い声を上げて飛び立つのは音に敏感だからだろうか。でもすぐに戻って来てまたお互い気にせずに泳ぎ続けている。

 オオバンは少しずつ少しずつ、こわごわとカモに近寄って行ったのかもしれない。カモが自分たちを攻撃して排斥することがないと気づいて、ようやく居場所を見つけられた。カモもオオバンも別々の世界を持っていて、別々のコミュニティを形成している。その場が交差したところでコミュニケーションが取れるわけではない。でも静かに共存はできるのだ。これからも毎年こうして仲良く同居してくれたら嬉しい。

 現在、私たち人間は、国と国の間の往来を止め、人と人の間にマスクやフェースシールドやアクリル板を置いて距離を取らざるを得ない状況にある。人間はそれまで蓄積した知識と新たな情報でリスクを知ることができる。だから、生き延びていくためにリスクを回避しようとするのだ。何も知らない時代にはリスクなどなかった。ただ、運命とか神とか悪魔とかの仕業と考えて諦めるだけだった。でもそれによって多くの人が死んだ。リスクの増大は人類を助ける。鳥はそれを知らないだろうが、鳥だって密閉されたところにいればあっという間にインフルエンザに感染する。そして何も知らないままに死を選ばされる。

 平和に共存するオオバンとカモを見ているとなんだかほっとする。人間ももう少し我慢を続ければ昔のような交流が戻ってくるに違いない。それを信じよう。



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