ビッグデータ時代と言われるように、身の回りには大量のデータが存在する。ツイッターなどのSNSでのつぶやき、道路や施設に設置された防犯カメラの映像、SUICAの利用履歴、GPSの位置情報、様々なセンサーのデータ。これらは、(素人でも)簡単に集めることができる。実際、学生がmentionというサービス(2週間無償)を使って、適当なキーワードを含むSNSのデータを集めたところ、10日ほどで2万件から3万件のデータが得られた。これらはExcelで読むことができる。GoogleのBigQueryというサービスを使えば(このくらいのデータであれば無償で)分類や絞り込みなどの分析も可能である。
さて、データはある。道具もある。しかし、それから先が見えない。事実、学生たちは、砂場で呆然と立ち尽くしている幼児のように、データを見つめて困惑している。「いや、ビジネスに携わっている人ならそんなことはないだろう。目的を持ってデータを集めているだろうし、そこから有用な情報を得ているはずだ。」と思うかもしれない。しかし、お手本になりそうな事例が殆ど見つからないのである。
ここ数年、ビッグデータから有用な情報を得るためにデータサイエンティストが必要である、と言われてきた。ITにも経営にも強く、統計学も身に着けているようなスーパーマンである。彼らの仕事は、データから経営者を始めとする実務者の次の行動に結びつけられる(そのための意思決定のできる)「情報」を取り出して、経営者らに的確に伝えることとされている。そういった人材は育成が進んでいるはずであるが、仕事の成果が目に見えて来ないのはなぜだろうか。
情報だって溢れかえっている、と思われるかもしれない。本当だろうか。例えば、体の不調が気になって検索をしてみると、大量の情報が出てくる。しかし、同じ情報(明らかにコピー)が並んでいることにすぐ気づく。大量に見えてはいるが、一つの情報が拡散された結果だということが分かる。トランプ大統領が誕生すると分かったとき、「これだけ多くの情報がありながらなぜ大半の人は予想を外したのか」と思ったけれど、考えてみれば「多くの情報」ではなく、少しの情報が拡散されて多く見えていただけなのではないか。言い換えれば偏った情報しか得ていなかったということになる。
砂場の砂は多い方が夢は膨らむが、眺めているだけでは何の意味もない。データも集めただけで眺めていても、情報を作り出さねばそこからは何も生まれない。現代は情報の海で溺れそうになっている、と言われるが本当だろうか。データの砂場で呆然としているだけではないか。
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コンサルティングと研修のサービスを提供します。
所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)
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データは大量にあるけれど情報は少ない
2017.02.19