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進化の順序とアメリカ大統領選挙


2020.11.15


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 アメリカ大統領選挙で世界中が大騒ぎしている中、私は神経科学の第一人者と言われているアントニオ・ダマシオの著書「進化の意外な順序 感情、意識、創造性と文化の起源」(2019)を読むのに四苦八苦していた。2回繰り返して読んでも正しく理解できているようには思えず、3回目の途中で理解を深めるためにダマシオの「意識と自己」(2003, 2018)も併せて読み始めた。生物に意識が生まれたのはいつなのか、心とは何か、AIで人間の心を実現できるのか、の問に対する答えを求めての読書の一環でたどりついたのがダマシオである。最後の問に対する彼の主張は明らかで、人間の合理的な判断は身体感覚と感情の統合されたものから生み出されるので「否定的」である。

 単細胞生物から人類に至る進化の順序についてのダマシオの考え方は最近の多くの科学者の主張の根幹になっている。単細胞生物から多細胞生物になり「全身体システム」が構築され、そこから神経系が分化し、イメージを形成できるようになってきたところから「意識」が生まれた、というものである。「意識の進化的起源」(ファインバーグ、マラット 2017)によれば、それはカンブリア爆発(5億6000万年前から5億2000万年前)の頃だろうと言う。ここで取り上げたい問題はそれから先である。

 ダマシオの本ではさらに意識が生まれてから先を詳細化している。まず、喜び、悲しみ、恐れ、怒り、当惑、罪悪感、優越感、緊張、やる気、熱中、落ち込み、といった『情動』が生じ、それが『感情』として表出し、さらに『自分の感情』として意識される、という順番である。人類はそこで進化を止めてはいない。その先で、言語や文化を創造していった。倫理観や理性、論理などもその時点で生まれている。知性もそうだろう。

 注目すべきなのは、この進化の順序を基盤にして「リベラリズムの危機」について論じている人がダマシオだけでなく何人もいるということである。「リベラリズムが保守主義に勝つためには進化の順序を正しく把握し、それに即した戦略を立てるべき」という主張である。つまり、人類の進化は感情が先であり理性や思考能力はその後である、ということを前提に説得なり対策なりをしなければリベラリズムは勝てない、ということである。まさにアメリカ大統領選でトランプ氏を支持する人が半数近くを占めた理由はそこにあったのか。

 我々のような他国の人間からみると、新型コロナウィルスでパンデミック状態であるにもかかわらずマスクもかけずに大規模集会を開く、選挙の結果は認めず訴訟で徹底抗戦、などあきれ返るばかりではあるが、それは一歩引いて冷静に考えられる他国の人間だからかもしれない。新型コロナなんて恐れることはない、マスクなんて面倒なもの捨ててしまえと思いたい人は多いに違いない。私の心の中にもそれはある。国民のイライラ、モヤモヤの感情に入り込んだことがトランプ支持者を熱狂させた理由なのだろう。

 人類はその先まで進化した生物である。感情で人は動かせても感情で問題は解決しない。世界は(やや感情的に)バイデンさんとハリスさんを歓迎しているけれど、それもそろそろ終わりにして、理性で世界の問題に取り組まなければならない時が来ている。



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