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人間は脳内で旅ができる


2020.10.11


イメージ写真

 安西(アンシー)を出発した私は河を渡り、ゴビ砂漠をラクダに乗って歩いた。草も木も全く無い。砂嵐ではないが、冷たい風が吹く。10日近く何もない砂漠を歩いた。宿に泊まることができない日は野営するしかなかった。やがて草地が見え始め、樹木も現れだした。ついに雪を被った天山山脈が見えてきた。つらさが吹き飛んだ気持ちだ。11日目ハミに到着した。これから天山山脈の南側を通ってカシュガルを目指す。さらにどれほどの日数を要することだろう。予測もつかない厳しいシルクロードの旅はまだまだ続くのだ。

 以上は、私の脳内でのシルクロードの旅である。天山山脈など見たことはないので日本アルプスの写真を思い浮かべ、鳥取砂丘すら行ったことがないので砂漠の砂嵐は紀行番組の映像を拝借した。ラクダは動物園で見たことがあるだけなのだが、強引に乗っている状態を想像してみた。そもそもこれはいつの時代の旅だろう。現代のシルクロード・ツアーは飛行機と車と列車を使うはずである。人間に生まれて本当に良かった。時空を超えて脳内で旅をすることができるのだから。かなりいい加減ではあるが、楽しいし、かつ安全だ。

 涼しくなって、毎日2時間のウォーキングもとても楽になった。ある日のこと豚カツ屋さんの側を通りかかった。お腹がすいて来たせいか私の脳内にはぶ厚い豚カツのイメージが広がった。サクサクの衣を噛んだとき、そして口の中ジューシーな豚肉のうまみが広がったとき、甘酸っぱいウースターソースの味までが、本当に食べたかのように経験できた。ついでにたっぷりの刻みキャベツも食べよう。シルクロードとは違って、かなりリアルな脳内体験である。それはそうだ。私は過去に何度も本物の豚カツを食べているのだから。

 脳内GOTOトラベルも、脳内GOTOイートも、脳内に蓄積された記憶に基づいていることは間違いない。人間の脳のすばらしいのは、体験に基づく記憶は明確に再現し、体験に基づかないものは類似の記憶を組み合わせてそれらしく創造してくれるところである。だから行ったことのない場所にも行けるし、食べたことのないものの味も説明を聞けば何となく想像することができる。さらに考えを進めれば、子供時代や若い頃に多くの経験をしたり、実際に経験しなくとも書物などで知識を得ることで、人間の脳はより多様な新たな経験を創造してくれるはずである。それが豊かな後半の人生につながっていく。

 ところで、一つの疑問が生ずる。脳内に新たな経験を創造しようとする意思はどこから生じたのだろう。さらに、創造するテーマはどうやって決定しているのだろう。外部からの刺激がきっかけであることは事実である。今回の例ではGOTOトラベルのニュースが旅に出たいという思いを強めたことや、昼食前でお腹がすいていたことがそれである。しかし、房総半島の鋸山の写真を見て行きたいと思ったが脳内に何も浮かばなかった。何がシルクロードと決めたのか。偶然なのか。私の脳内に意思決定する何かがあるのだろうか。脳のしくみについてはまだまだ知らないことがたくさんある。もっと勉強しなければ。

 今は脳内GOTOトラベルと脳内GOTOイートで安全に健康に毎日を過ごすことにしたい。そろそろマイナポイントがつくので、どう使おうか考えるのも楽しみである。



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