トップページ > コラム

息をひそめて生き延びよう


2020.08.23


イメージ写真

 引きこもりの日々が続けばついつい見てしまうのが、2時間ドラマや連続ドラマの再放送、特に多いのが刑事ものである。それが何か月も続くと、犯人も筋も分っているのに同じドラマを何度も見ることとなる。まるで自分が認知症になっていないことを確認するようなものである。刑事もののドラマでは、最後の方で主人公(刑事)が、殺人を犯した言い訳をする犯人に向かって「あなたは人の命を何だと思っているんですか」と叱りつける場面がよくある。あるドラマを見ていたところ、刑事が叱りつけた途端に口から大量の飛沫が犯人の顔にかかった。大声を出すと人間はあんなに唾液を飛ばすものなのか、と驚くやら怖くなるやら。「密を避けましょう」「大声を出すのを止めましょう」のメッセージの意味を実感した。

 まだ現役の会社員だった頃、密閉されたプロジェクト・ルームに大勢のスタッフが閉じ込められて、早朝から深夜まで働き続けることは珍しくなかった。私が最後にプロジェクト・リーダーとして携わったプロジェクトで最も心配したのがインフルエンザに感染することだった。一人が感染したらメンバー全員がやられてしまう。それだけはどうしても避けなければならない。そのために行ったのは『体調が悪くなったらすぐに休むこと』の徹底だけだった。そのプロジェクトでは、密閉された空間でマスクもかけず、昼夜怒号が飛び交っていたが、一人の感染者も出すことなく、春には無事に終了することができた。現在の新型コロナウィルス渦中だったら結果は違っていたかもしれない。無症状の感染者はどこにいてもおかしくないのだから。私たちは文字通り目に見えない敵と戦っているのである。

 人類は地球上で最も賢いので誰にも負けるはずはない、と我々は信じている。だから、命を脅かすものが現れると「人間の知識と技術で何とかならないのか」と苛立ってしまう。しかし考えてみよう。地球上に生命が現れて40億年、人類がチンパンジーから分かれて700万年、ホモサピエンスが現れて20万年になる。一方、地球上のいたるところに人類が住み、あたかも地球を征服したような形になってから数万年も経っていない。つまり、それまでの我々の祖先は敵から身を隠し、息をひそめながら敵を倒す方法を探り、実践し、生き延びてきた。気の遠くなる時間をかけて。それに比べれば、新型コロナという見えない敵との闘いは1年も経っていない。息をひそめるようになってから半年である。焦ることはない。人類は知識も知恵も技術も持っている。必ずコロナを克服できる。そう信じたい。

 新型コロナは秋冬のさらなる感染も心配されている。大方の予想では、若者の感染拡大がやがて高齢者に移り、その結果として重症者が増えるとのことだ。そういった報道のせいか、高齢者の行動がかなり変わってきているように思える。高齢者である私自身は、不要不急ではない用事で週1回は公共交通機関を利用する。最近、乗っている高齢者をあまり見かけなくなった。高齢者の楽しみは学校の同窓会、会社のかつての同僚との飲み会等の旧交を温める会合であるが、ことごとく中止となった。「どうしましょうか」の問合せが、最近は「中止にしましょう」に変わっている。代わりに「オンラインでやってみるか」という声も聞こえてきている。高齢者はしたたかに息をひそめながら新しい時代に移っている。



コラム一覧へ