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バージェス頁岩とフェルメール


2020.07.05


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 「ワンダフル・ライフ バージェス頁岩と生物進化の物語」(S.J.グールド著 早川書房1993 原著は1989)を読んだ。カバーの裏に書かれた最初の文章によれば、「1909年、カナディアン・ロッキー山中のバージェス頁岩(けつがん)から発見された5億年前の奇怪な化石動物群の分類について、発見時とその後半世紀を経て新たに行われた再解釈について書かれた本」である。素人には大変読みにくい本であるが、生物の復元画は素晴らしくリアリティがある。通常であればお目にかかりたくない形状の動物が妙に愛おしく思えてくる。しかし本書の本当の目的はそこにあるのではない。これらの動物たちの分類が発見当初の20世紀初めとその後数十年たってからと大きく変化したのはなぜか、について「生物の進化観」という大きな視点で論じているのである。

 バージェス頁岩の化石動物群が発見された当初、これらの奇妙な動物は現生する節足動物と同じグループに分類されていた。その背景には、進化というものは常に前に進むもので、過去から現在に向かうにつれて種は多様化し、現生するものが最も優れた種である、という進化観があったと考えられている。つまり、現在の姿を正当化するために古代の生物を現代の種の枠組みに押し込んでしまっていた。しかし、本書の主張は、バージェス頁岩の化石動物の大半が、現存する動物群とは全く違う「絶滅した」悲運の種であり、古代の多様な種の中から運よく生き延びた種が現存する種になっているということである。そう、我々が生存しているのは、進化の必然的な結果ではなく運が良かっただけというのである。

 ちなみに、カバーのイラストは「ハルキゲニア」という可愛い名前のついた奇妙奇天烈な生物である。7対のとげのような支柱、背中には2股に分かれた7本の触手と6本の小さな触手、丸い頭と管のような長い尾が付いている。しかし、今ウィキペディアで調べると天地と前後が全く逆の絵が載っている。2015年に、尾と思われた部分から目と歯が見つかったそうである。まだまだ研究は続けられている。

 さてもう一冊の最近読んだ本は「フェルメールの世界」(小林頼子著 NHK出版 1999)である。面白いのは、ファン・メーヘレン贋作事件についての記述である。フェルメールの贋作であることが判明した絵画の写真を見る限り、素人が見ても真作とは思えないのになぜ専門家までが騙されたのか。まずは第二次世界大戦中で真作との比較研究などできなかったことがあげられている。かつて見たことのあるフェルメールの絵画の記憶をたどって真贋を見極めるのは難しい。でも大きいのは、「フェルメールの真作が見つかってほしい」という強い思いが、いつか「これは真作に違いない」に変わっていったということである。

 生物の進化にしても絵画の真贋にしても、現代は科学的な分析手段が多く存在し、正しい判断に結び付けられる可能性は高くなっている。しかし、「ヒトは最も優れた生物として必然的に選ばれた」や「この絵がフェルメールであって欲しい」という強い思いが我々の目を曇らせる。それにより、自分の考えを正当化する方向に理論を組み立ててしまう。科学や美術の世界だけではない。日常生活でも、もっと我々は冷静に事実を見つめるべきなのだ。



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