急に冬がやって来た。駅のホームで震えながら電車を待ち、車内に入るとその暖かさに幸せを感じる。とその時、ビールのジョッキを傾ける集団の吊り広告が目に入った。あれだけ夏にCMを流しておきながら、今度は忘年会を狙って冬も宣伝広告は続くのか。そんなにビールを売りたいのか?売らなくちゃならないのか?
私自身、お酒は大好きで、ジン、ウイスキー、焼酎など家に欠かしたことはない。子供たちから、身体のために酒は止めろとしつこく言われ、自分でも何度かノンアルコール生活にトライしたものの、1か月で挫折することが続いている。ただ、ビールは好きではなく、飲み会で「とりあえずビール」のときに付き合いで飲む程度である。これは好みの問題である。そんなわけで、ビールについては、どのブランドの何がどう違うなど全く分からない。
この夏は、夜、テレビをつければ必ずのようにタレントが「プファー」とビールを飲むCMに出会った。「○泡」「のどごし」「△△第一位」などなど、何がどう美味しいのか視聴者は分って見ているのだろうか。そもそも、もともとビールが好きな人なら、最初から色々試してみたいと思うだろうし、私のようにビールを飲まない人は、あれを見て改めてビールを飲んでみようとは思わないだろう。とすると、あの騒がしいCMはアルコール・デビューする人を狙っているのではないのか。そうだとすると、なお問題である。
最近若い人のアルコール離れが進んでいると聞く。私の子供たちも全く飲まない(だからこそ私が飲むのを嫌う)。これは良い傾向だと思っている。酒好きだった祖母、夫は平均寿命に至らずに亡くなった。全く飲めない義兄は健在だし、若いころ殆ど飲まなかった父は97歳の天寿を全うした。母も95歳で健在である。飲酒が体に良くないのは明らかだと思う。
分かっていながらなぜ私はノンアルコール生活ができないのか。これだけ健康に気を付け、ストイックなまでに塩分、糖分、脂質を避けて、血圧、血糖値、コレステロールを薬なしで正常値に保っている私でも、減らすことはできても止めることはできないのだ。それだけ、アルコールは理屈ではない何かで心と体のコントロールを狂わせる。
60歳を過ぎてからの同年代の飲み会では、飲まない人が増えた。飲む人も酒量がめっきり落ちている。私もあれだけ好きだった日本酒は飲めなくなった。これは、身体を気遣ってのことが大きいのだが、身体が受け付けなくなってきていることの証でもある。一方で、定年後に昼間からビールを飲む人もいるようである。これは寿命を縮めるとても危険な行為はないか。年寄りなら堂々とコンビニでアルコール飲料は買える。誰も止めなければエスカレートするのは目に見えている。もっと怖いのは若年者の飲酒である。
酒類のCM、広告には規制があるはずである。でも、煙草と違ってどうみても規制があるように見えない。ついでいるところ、飲んでいるところ、「プファー」とかいう表現がなぜ許されるのだろうか。規制をかいくぐるうまい表現をしているのだろうか。(例えば、飲んでいるのではなく飲んでいるふりをしているだけ、とか)。そもそも、そんなにしてまでビールを売りたいのか。ビールのCMは企業の悲鳴にしか聞こえない。
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所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)
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悲鳴にしか聞こえないビールの広告
2019.12.08