最近の私は、「怒り」を忘れてしまったようである。勿論、世の中には理不尽なことが多くあるのは認識している。しかし、それを見聞きした時「怒り」よりも「悲しみ」を強く感じてしまう。例えば、親に殺された幼い子供が書いた「ごめんなさい。もうゆるして」という文章をテレビで繰り返し流されると、すぐにチャンネルを変えてしまう。そのときの感情は、殺された子供の親への怒りよりも、そのようなことになってしまったことに対する悲しみの方が強い。これは何もしてあげられない自分の無力さに対するものでもある。
年を取ると怒りっぽくなるというのは本当だろうか。確かに、スーパーのレジで「店長を呼べ」と怒鳴りまくっている高齢者を見かけることはあるが、「怒りで切れる」のは若い人の方が圧倒的に多いのではないか。私の父はよく「切れる」人で、仕事上での苛立ちや不満を家庭に持ち込んでは怒鳴りまくっていた。その矛先は私に向くことが多く、高校卒業まで「女のくせに生意気だ」と頻繁に殴られていた。まあ、昭和の父親はどこでもそんなものだったのかもしれない。それが、晩年は信じられないほど穏やかになった。
私自身も若い時は切れやすく、思い出して赤面するようなことが沢山ある。長女が小学校に入学した直後、名札をどこかに落としてきてしまった。それに怒った私は、学校に探しに行けと子供を家から追い出した。(言い訳になるが、小学校は家から1ブロックしか離れていないし、途中に信号もない)しばらくしたら電話が架かってきた。「○○小学校の校長です。お子さんが泣きながら名札を落としたと言うので、一緒に探しましたが見つかりませんでした。近くの文具店で売っているのでもうひとつ買ってあげてください」。恥ずかしい。仕事上でも、40歳代まではよく怒っていた。顧客の理不尽な要求に耐え切れず怒鳴り込みに行こうとして、営業担当者に「今後のこともあるのでここは我慢して」と止められたこともある。その他にも怒りの先は別の部署、上司、同僚、部下、様々な方向に向かった。
50歳代になると、理不尽なことをする相手に対する怒りから、「どうしてそのようなことをしなければならないのか」という問い、それに対して自分が無力であることの苛立ちと悲しみへと変わってきた。怒りを相手に向けたとしてもその効果は薄い。なぜなら、相手を自分の思い通りに変えることは不可能に近いからである。それを認識したのが、私の場合50歳代だったのだろう。
怒りが悲しみに変わったからと言って、それが諦めにつながるわけではない。私の場合、それは「問題解決」という新たな取り組みに生まれ変わっている。この夏、可愛がっていたRaspberry Pi(ラズパイ)を不注意で壊してしまったが、悲しみは「修復方法を考える」という新たなテーマに生まれ変わった。現在のところ無理のようだがまだ諦めていない。また、高血圧になりがちな体質の私は、血圧計を叩き壊したいという思いにかられていたが、今では食事の内容に工夫を凝らすことで降圧剤なしで正常値を維持できるようになっている。
問題解決につなげるための怒りはあるべきだと思う。特に若い人たちは怒ってよい。老いた私たちは、怒るよりも身の回りの問題解決をコツコツとやっていくべきである。
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所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)
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怒りはどこから来てどこに行くのか
2019.09.29