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AIの助けを借りても最終判断をするのは人間


2019.09.08


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 日経ビジネス2019年8月26日号の「できる若手がなぜ辞めた」という特集記事において、AIの力を借りて社員の離脱防止をするという話題が出ていた。そこに、離職兆候をAIで検知するシステムKIBITが紹介されており、離職リスク判定事例として「面談が必要」と判定された文(A)と「面談は不要」と判定された文(B)が並んでいた。驚いたことに、いずれもこれまでよく見かけていた文章だった。

 Aは、『困っているという前に先輩が声をかけてくれるので助かります。早く仕事を覚えて、効率よく仕事ができるようになりたいと思います。』である。私自身40年以上企業で働いてきて管理職の期間も結構長かったので、幾度も部下の面談を行ったり、自己評価の文章を読んだりしたのだが、似たような文章、言葉を何度見聞きしたことだろう。これはある種の定番なのである。そもそも後半部分は、新人や転入者の初日の挨拶の言葉そのままである。問題は、これがなぜ離職リスクありと判断されたか、である。それを考えるには、リスクなしと判断されたBを読んでみるのが一番良い。

 Bの方は、『いろんなパターンがあり、なかなか対応できない。教えてもらってもそのことについて間が開いてしまうと忘れてしまい、言われてハッとすることが多く、自分のふがいなさに落ち込む日もあります。』である。これには思わず笑ってしまった。これって現在の私そのものではないか。Pythonという言語のプログラミングをしているのだが、それこそ色々なパターンに対応できていない。コードを入力するたびにシステムからエラーメッセージで教えられ、間が開くとまた同じことで怒られ、自分のふがいなさに落ち込んでいる。でもPythonの勉強を止めたいとは思わない。むしろ、ますますパソコンに向かう時間が長くなり、ブレーキをかけるのが大変なくらいである。

 一見すると前向きに見えるAが離職のリスクがあり、後向きに見えるBが離職のリスクがないと判定されるのはおかしいように思える。しかし一歩踏み込んで考えてみると、この判定には納得できる。Aは定番のきれいな言葉だけを並べて、自分が伝えようとするメッセージを出していない。だから、上司は隠されたメッセージを引き出すための面談をする必要があるということだ。Bは自分の言葉で語っている。だから、離職の心配よりも仕事の具体的なアドバイスを与えることを考えるべきだろう。

 もしもAかBの文章だけで離職リスクを判断するとすれば、Aを問題なしとしてしまう可能性は高い。管理職経験の浅かった時期の私もそうだったと思う。実際に部下の状況を判断する場合にはもっと多くの情報(仕事の質や日頃の態度など)を総合的に見る。一歩踏み込んで判断できるAIは大したものだとは思うが、経験を積めば人間はさらによい判断ができる。AIからのアドバイスで自分の判断を見直すというのが良い活用法ではないだろうか。

 車の便利さに慣れてしまうと高齢者になって車を手放すことが非常に困難になる。(私は幸いにも運転免許を持っていないので、移動手段のことを考える力は衰えていない。)同じようにAIに頼りすぎてしまうと人間は自力で考える術を失ってしまうかもしれない。



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