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長時間労働はなぜ無くならないのか


2016.12.11


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 「生意気な口をきくな。お前たちは言われたことだけやっていればいいんだ。」

 これは、30年近く前、顧客先の課長から投げつけられた言葉である。当時、私は中小規模のソフトウエアハウスのプログラム開発部門の課長だった。プロジェクト単位でのまとまった仕事を任されることは望むべくもなく、部下のプログラマを数人ずつ顧客先に派遣するという業務ばかりを抱えていた。そのうちの一つの進捗が思わしくなく、徹夜に次ぐ徹夜のデバッグ作業が続いており、派遣されていた部下が「耐えられない」と私に助けを求めてきたのである。そこで私が派遣先の課長に「仕事のやり方を見直してほしい」と掛け合いに行って言われたのが冒頭の言葉である。

 「ソフトウエア業界で長時間残業がなくならないのはソフトウエアの生産技術が未熟だからだ。業界全体で生産技術を開発し、展開していかなければ解決しない。それには大企業の力が必要だ。」と確信した私は、かつて勤めていた会社の元上司に手紙を書き、それを訴えた。それがきっかけで元の会社に戻り、生産技術の開発とコンサルテーションを行うことになったのだが、問題はそれだけでは解決しなかった。

 その後、私自身が生産技術とは全く関係ないところで長時間残業を余儀なくされるプロジェクトに入ることが何度かあった。共通していたのは、顧客先に常駐することだった。できれば仕事を持ち帰って自社でさせて欲しいと頼み込んでも受け入れられず、部屋または島を割り当てられて顧客先の担当者の監視の下で仕事をした。そこで発生する長時間残業の大半の時間が「待ち」だった。

 例えば、設計書のレビューを午前10時から行う、という予定が組まれていて、前日深夜までかかって準備する。10時になると顧客の担当者が来て「別件で忙しいので午後4時にしてくれ」と言う。4時になると6時に変更される。それが10時になり日付がかわり、となっていく。そして設計書のダメ出しがあり、明日午前中にレビューと言われる。徹夜で修正する。そしてまた、・・・・・・の繰り返しである。これでは体が持たない。顧客によってはレビューの場で本人のプライドを傷つけるような言葉で罵倒する人もいる。疲れた体に追い打ちをかけるダメージでメンタルの病になってしまった人を何人も見てきた。

 このような問題は個人、チーム、所属する会社の努力だけでは解決しない。業界全体でも無理である。それこそ社会全体で解決していかなければならない。顧客のことは何でも受け入れるのがよいとする風潮。求めることをなんでもやってくれる業者がよいとする風潮。これらは全体としての生産性を落とす。無駄な会議、無駄な資料作り、これらは一見社内の問題のようだが、顧客や監督官庁といった外部の事情でせざるを得ないことも多い。つまり、社会全体の生産性を見直さなければ無駄な仕事は無くならない。

現状では、生き延びるためには「逃げる」か「手抜きをして省エネを図る」しかない。いずれも非生産的である。社会全体の生産性を上げるために、本当に必要なことを最適なタイミングで行っていけるよう働く人すべてが考え方を変えていく必要がある。



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