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研究テーマの選び方


2018.09.30


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 大学は新学期が始まり、私の「創造性開発」研究室も所属学生が決まった。まずは、一人ひとりと面談して、研究テーマを決めることから始めた。共通しているのは、「自分で問題を発見すること」「その解決策を発想すること」である。それらに使えるツールは用意されているが、それを使わずに自分で探してきても良い。半年で成果物をまとめ、発表する。

 対象分野は自由、つまり何でもありである。過去には、生活の中から見つけ出した身近なテーマとして「おばあちゃんとLINEをするために障害となることを解消する」「小さい子供から高齢者までが上り下りしやすい駅の階段を考える」などがあった。世の中で騒がれているニュース性の高いテーマとしては、「急激に増える保育園の需要に応えるためにどうするか」「仮想通貨の将来動向を把握する方法はあるか」「漫画の海賊版サイトの問題をどう解決するか」などがあった。就職活動の中で見つけ出した『業界』『働き方』に関するテーマも多い。それは、就職する前に業界のことを良く知っておき、問題がありそうであればその解決策をあらかじめ考えておきたい、という要望があってのことだろう。

 問題解決というのは、人生の満足度を高める重要な要素だと思っている。懸案事項が解決した時の快感は忘れがたいものである。それが次の一歩を踏み出す要因にもなる。その時の問題は、どこかから降ってくるもの(上司に命令される、他人から押し付けられるなど)ではなく、できれば自分で見つけ出したい。しかし現実では、問題は大半が予期せぬところから飛び込んで来るもの、できるなら避けたいものである。自分で問題を見つけられることができるのが唯一、大学での研究ではないか。私は大学院に行かず57歳で論文を出して学位を取っただけなので、大学院以上の研究者の研究の実態が分かっていないのだが、学部の段階ではそうであってほしい。

 さて、自分で見つけた問題が思い浮かんだ段階から、それを明確に定義していく段階に行くことになる。その時役に立つのは、問題を見つけ出したときのきっかけとなった経験や背景にある周辺の状況である。(漠然とでも)それがあれば、最後の報告のときに物語として伝えることができ、聴衆と問題を共有することが容易になる。例えばバイト先での経験、就職活動での担当者とのやりとりなどである。問題が具体的、かつ明確に見えてきたら、そこから本質的な問題を取り出す段階に入る。これをせずにそのまま解決策を発想しようとすると、単なる思い付きや、問題の裏返し(例えば、『在庫が多すぎてコストが嵩む』と言う問題の解決策を『在庫を減らす』とする)になる。ここで抽象化の訓練が必要になる。

 ここから先は別の機会に書くことにしよう。ところで、私にも悩んでいる問題がある。目の疲れである。原因は分かっている。新聞も日経電子版にしているので、家でも大学でも通勤途中でもパソコン、スマホから離れられない。Windowsのコマンドプロンプトなど、字が小さすぎて読めない。これは「ブルーライトがカットされて長時間かけても目がラク」で椅子の上に置いてうっかり踏みつけても大丈夫な(関係ないだろう)〇〇〇ルーペでもかけるしかないか。おっと、問題の本質を探ることを忘れていた。解決策はその後だ。



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