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毎日新生児になる


2016.10.30


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 最近になってVUCAという言葉を知った。これは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という単語からできたもので、現代はこの4つの増大により先の見えない世の中になっているとされている。

 何を今さらという気がしないでもない。これらは、私が生まれた頃から増大を続けていたように思える。いや、いつの時代もそうだったのではないか。ただ、気づかなかっただけ、あるいは、気づく余裕がなかっただけではないだろうか。いつだって先は見えないのである。だから人はもがき続け、その結果として新たな道を見つけ出して来た。ただ、現代は技術の進歩が速く、その影響力が強大なので、VUCAの増大の度合いも大きくなっていることは事実だろう。

 先の見えない時代を生き延びるために、人間は何をすればよいのだろうか。どんな能力を身に着けていけばいいのだろうか。私の見つけた答は、「毎日新生児になること」である。

 新生児は無限の可能性を秘めている。もちろん、親のDNAを受け継いでいてそれが将来に影響を与えるのは事実であるが、それが将来の全てを決定してしまうわけではない。生まれた後の環境や努力の影響の方がずっと大きい。それに持って生まれたDNAは変えられないことを前提とすれば、生まれた後の環境の中で最も適切な振る舞いを見つけ出していくしか生き延びる道はない。

 毎日新生児になるとは、過去に経験したこと、学んだことの本質(エッセンス)を体に染み込ませて後天的なDNAとしてしまい、それに基づいて新たな環境に適合して生きていくことである。そのためには、武器になりそうなものを残して過去は一旦忘れる必要がある。その上で、技術の進歩の方向性を掴み、将来を予測し、それに適合する最適な道を探すのである。先天的、後天的なDNAと使える限りのありったけの武器を使って、将来に向かって切り込んでいくとも言える。必要なのは、過去の経験をそのまま生かすことではなく、過去の経験を体に染み込ませてDNAにしてしまうことである。

 余談になるが、私は数学科を出ている。それを聞いて最も驚くのが高校の同級生たちである。旧制中学の伝統が色濃かった母校では数学のできる生徒は特殊なコミュニティを作って高度の勉強をしていたらしい。私はそのようなものの存在すら知らなかった。大学の教養学部でも特に数学ができたわけでもない。しかし、いろいろな偶然が重なって数学科に進学することになった。そこで学んだ学問的なものは、その後の仕事には全く役に立たずすっかり頭から消え去ったが、論理的な思考力は残ったように思う。後の人生に大きな影響を与えたのは、「世の中には想像を超える頭のいい人たちがいる」という事実を知ったこと、「そういう人たちも人間であることには変わりない」と気づいたことである。お蔭で、どんな優秀(と言われている)人の前でもおじけづくことはなくふるまうことができた。これが私の後天的なDNAと数少ない武器になったのは事実である。



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