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定年後も働くということ


2016.10.23


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 2016年版の厚生労働白書によると、60歳以上を対象にした調査では65.9%が65歳を超えても仕事をしたいと答えたそうである。そろそろ70歳が近づいてきた私たちの年代でも、働き続けるということが当然という時代が来ているのである。

 40代までは「定年になったらきっぱりと仕事とは縁を切って好きなことをする」と言っていた人が、50代になり60歳が視界に見えてくると「定年後も働きたい」と言い出す。その気持ちは定年が近づくにつれて強くなり、仕事を求めてあたふたするようになる。何故なんだろう。私自身の経験から考えてみたい。

 私は現在68歳だが、65歳までフルタイムで雇用されていた。もちろん収入は60歳のときの6割に減らされてはいたが、仕事内容はそれまでと変わらなかった。62,3歳頃からあたふたし出し、技術士事務所開業の準備や、最新のビジネス動向の調査に時間を取ることになった。そして65歳の定年を迎え、そろそろと船出をし始めた頃、大学から常勤の特任教授に応募しないか、と声がかかった。大学の場所は自宅から片道3時間かかるところにある。つまり、毎日往復6時間通勤するということになる。躊躇などしなかった。声をかけてもらえたということが重要であり、それに応えなければその先はない、と思えたのだ。

 なぜ働き続けたいのか。それは「仕事がある」ということが「自分が必要とされている」とほぼ同じと考えられるからである。それはまた「自分の居場所がある」ことにもつながる。定年になり仕事が無くなるということは、自分が必要とされていないと思われ、結果として居場所を失うことになる。それを、私を含めた多くの人は恐れるのである。

 さて、初めて大学の教員になって、40数年の会社員としての経験が殆ど役に立たないことに気づいた。わかりやすく説明しようと資料に工夫をこらし、必死に語り掛けるも通じず、年に4回の学生による授業アンケート結果は惨憺たるもの。しかも、突然声が出なくなってしまった。かすれ声は半年近く続いた。そんな時ふと心の中からこんな声が聞こえてきた。「大変だからこそ仕事であり、それをすることを私は求められているのではないのか」。そう、楽な仕事なんてない、責任のない仕事なんてないのである。

 授業のやり方を変えてみた。プレゼン資料だけでなく、チョークを使った板書も取り入れた。小テストを頻繁に行い、授業中に個別指導も行った。ケース教材も工夫し、興味あるテーマを取り入れてみた。その結果、半年後には、一つの講座で学生評価のトップを取ることができた。別の講座では、他の教員の訪問を受け褒めてもらえた。この年になっても成長できることを実感できた瞬間だった。私は自分の居場所を得た。

 定年後、65歳以上、さらには70歳以上になっても働くということは簡単なことではない。あるところで自分のプライドを捨て、過去の経験をゼロクリアし、体力の限界とも戦わなければならない。常に新人の気持ちで学び、成長を続けることが求められる。しかし、その先には「自分の居場所」がある。6時間通勤なんて小さな問題に過ぎない。



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